消化器癌治療の広場

特別座談会:大腸癌におけるRAS変異と検査−個別化医療の時代へ−
2014年11月26日 東京ステーションホテルにて

臨床試験におけるRAS解析

統計家の視点から

山中先生 山中:近年のバイオマーカー解析では、SimonやHayesらが重視したProspective-Retrospective Analysis(PRA)の考え方が認識されています4)。多くのバイオマーカー研究では、臨床試験や観察研究から偶然得られた検体にマーカーを測定して検討することが多いため、遺伝子解析の方法が場当たり的なものになったり、アーカイブサンプルの状態が悪かったりすることもあるでしょう。統計学的にも、解析可能なアーカイブサンプルの不足による検出力不足、様々な患者集団やエンドポイントに無秩序・不適切な統計解析を繰り返すことによるtype I errorの上昇、適切なコントロール(対照)がないことによるmisleadingな解釈など、様々な問題が生じます。一方、親研究となる臨床試験と同様に、事前の計画(プロトコール)をしっかり立てた上で、臨床試験のバイオマーカー解析が行われれば、結果的に後ろ向きのマーカー研究であっても、エビデンスの質は高まるため、そのような研究のエビデンスレベルにより重きを置く、というのがPRAの考え方です。PRIME試験のRAS 解析はPRAであり5)、解析検体数も多く、ITT集団とRAS 解析の集団における背景因子の偏りも特に見られません。また、PRIME試験の他にも総じて、治療ライン、抗EGFR抗体薬の種類を問わず、化学療法単独に対して再現性のある結果が一貫して得られているので、RAS 野生型に絞る、言い換えるとRAS 変異型を投与対象から外すことの有用性は高いエビデンスレベルにあると言えます。
 抗EGFR抗体薬と抗VEGF抗体薬を直接比較した試験は3つあります。そのうち、PEAK試験FIRE-3試験では、RAS 野生型の解析で両群間の差は拡大しました。一方、CALGB80405試験では、RAS 野生型の解析においてもHRは変化せず、症例数が減った分、KRAS exon 2野生型の解析に比べてp値が上昇した(p=0.34→p=0.40)という結果に留まりました。興味深いのは、CALGB80405試験のRAS 野生型解析の結果は、抗EGFR抗体薬の効果予測としてのRAS 検査の意義を、ある意味否定していると考えられることです。CALGB80405試験のRAS 解析が他の結果と異なることについては、10年の長期にわたる試験ですので、アーカイブサンプルの質やRAS 測定方法など多面的なことが影響しているように思います。
 PEAK試験FIRE-3試験CALGB80405試験については、KRAS exon 2野生型におけるメタアナリシスの結果として、ハザード比は0.83(p=0.003)が報告されていました6)。同様に、RAS 野生型におけるメタアナリシスの結果は0.785(p=0.005)となります(図7)。ただ、各試験の詳細を見ると、メタアナリシスで統合を行ってよいかは少々疑問が残ります。例えば、CALGB80405試験で術後にL-OHPを使用した症例におけるOSは、FOLFIRI + Bevacizumab群がFOLFIRI + Cetuximab群を大きく上回っており(HR=1.8, 95% CI: 0.9-3.4)7)、この症例群の影響もあると思いますが、FOLFIRIベースの結果はFIRE-3試験と異なります。試験間の異質性がある以上は、単純に統合するよりも、むしろ、異質性を引き越している原因の探索の方が肝要になります。
 また、比例ハザード性の前提を満たしていないので、群間差をハザード比や中央値の差で要約することも少々注意が必要です。ある医師から、患者さんに抗EGFR抗体薬の治療メリットを伝える方法を尋ねられたのですが、そのような方法としては、年次生存率の利用は一案かと思います。FIRE-3試験CALGB80405試験の2つの第III相試験のRAS 野生型におけるKaplan-Meier曲線を重ねると図8のようになります。18ヵ月時点くらいまではCetuximabとBevacizumabの間に生存率の差は見られませんが、3年時点の生存率ではFIRE-3試験で約20%の差、CALGB80405試験で約5%の差が見られます。ログランク検定が有意でない以上、この指標だけに頼るわけにはいきませんが、患者さんには理解の一助になる指標だと思います。
 科学の世界では結果の再現性が求められます。CALGB80405試験FIRE-3試験PEAK試験の結果が異なっている点、特にFIRE-3試験CALGB80405試験のFOLFIRI群における群間差、およびRAS 野生型における抗EGFR抗体薬の効果に関して再現性が見られなかった理由の解明が必要です。治療の最適化を図るための市販後研究ですので、再現性がみられなかった理由をさまざまな角度から検討していってほしいと思います。

吉野:ありがとうございます。山中先生からRAS 解析についていろいろな問題提起をしていただきましたので、RAS 解析のディスカッションへと移りたいと思います。

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