論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

ホルモン補充療法と結腸・直腸癌のリスク

Rennert G, et al., J Clin Oncol. 2009; 27(27): 4542-4547

 閉経期女性に実施されるホルモン補充療法は結腸・直腸癌リスクの低下と関連するとされているが、その機序は不明である。過去の試験からは、ホルモン補充療法を実施中または長期間の実施歴がある、高齢、または低BMIの女性でリスク低下が顕著であることが示されている。またホルモン補充療法によって結腸・直腸癌の死亡率が低下することも示唆されている。そこで、ホルモン補充療法と結腸・直腸癌発症頻度との関連を、地域住民対象の大規模な症例対照試験(Molecular Epidemiology of Colorectal Cancer試験)のデータに基づいて解析した。
 1998年3月31日〜2006年3月31日に結腸・直腸癌と診断され、北イスラエルに居住している上述の試験参加者1,234例を適格患者とし、年齢、性別、居住地、および人種をマッチさせた1,226例を対照とした。このうちホルモン補充療法実施中または実施歴があると自己申告したのは患者群89例(8.7%)、対照群141例(12.3%)であった。年齢中央値は患者群70.0歳、対照群70.6歳であった。
 ホルモン補充療法の実施と結腸・直腸癌発症リスクとの関連を単変量解析で調べると、リスクは33%低下していた(OR 0.67、95%CI 0.51〜0.89)。家族歴の有無、野菜摂取量、BMI、またはスタチン使用の有無別の評価でも、ホルモン補充療法によるリスク低下はすべてのサブグループで同様に認められた。しかし、身体的活動度およびアスピリン使用については、それぞれのサブグループでホルモン補充療法とリスク低下との関連に相違がみられた(身体的活動度が高い群のOR 1.06、低い群0.59、アスピリン使用群のOR 1.62、非使用群0.58)。
 さらに、薬剤処方記録に基づくデータからは、リスク低下がみられたサブグループは過去のホルモン補充療法実施歴あり(OR 0.50)、エストロゲンとプロゲスチンの併用(OR 0.71)、および経口剤使用(OR 0.68)であった。ホルモン補充療法実施中または最近(過去2年間)実施(OR 0.85)、エストロゲン単独(OR 0.81)、および皮膚パッチ剤使用(OR 1.00)では有意なリスク低下は認められなかった。
 年齢、アスピリン/NSAIDs使用、スタチン使用、野菜摂取量、身体的活動度で補正した多変量解析でも、結腸・直腸癌発症リスクは有意に低下していた(OR 0.37、95%CI 0.22〜0.62)。またホルモン補充療法実施とアスピリン使用、およびホルモン補充療法実施と身体活動度との間に有意な交互作用が認められた。
 このように、ホルモン補充療法と結腸・直腸癌リスク低下には有意な関連が認められ、この関連は既知のリスク因子で補正後も一貫していた。しかし、アスピリン使用例または皮膚パッチ剤ではリスク低下がみられない原因については今後の研究が必要であり、結腸・直腸癌の予防を目的としてホルモン補充療法を実施する際は、このような現象が存在することに留意すべきである。

監訳者コメント

ホルモン補充療法(HRT)を大腸癌の化学予防として考慮する際の留意点は何か

 疫学的研究により、更年期障害に対するホルモン補充療法(HRT)は大腸癌の発生リスクを低下させうることが指摘されている。しかしながら、大腸癌の高リスクグループに対する化学予防としてHRTを使用するには、リスクとベネフィットを考え、慎重に吟味する必要がある。
 最大規模のHRT試験であるWHI(Women’s Health Initiative)研究では、子宮を持つ女性16,608人が実薬群(エストロゲン+プロゲステロン群)とプラセボ群に割り付けられた。実薬群では大腸癌の発生リスクは37%低下したが、エストロゲン単独ではみられなかった浸潤乳癌の増加と、各種有害事象の増加によりデータ安全性モニタリング委員会が早期中止を勧告した経緯がある。その後の再解析でエストロゲン+プロゲステロン併用療法の7年間に乳癌のリスク増加はみられていないことなども明らかとなったが、HRTのリスクを世に知らしめる結果となった。
 本論文では、HRTにより大腸癌のリスクは有意に低下したが、アスピリン使用例やHRTの処方形態によってはリスク低下が認められておらず、このことは非常に興味深い。また、身体的活動度の高い群では有効性が示されていない。これらの原因に関しては不明な点が多く、今後の研究が待たれる。本邦ではHRT自体の国民への認知度が低く、前述の乳癌のリスクの経緯もあるため、現段階で現実的な予防法であるとはいえないが、今後、大腸癌高リスクグループに化学予防を目的としてHRTを考慮する際には、乳癌と大腸癌のリスクを考えるだけでなく、上記のような因子が予防効果を妨げる可能性があることにも留意すべきである。

監訳・コメント:香川大学医学部附属病院 鈴木 康之(消化器外科・教授)         
香川大学医学部付属病院 赤本 伸太郎(消化器外科・病院助教)

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