コミュニケーション・スキルの巻 緩和ケア編
第8回 コミュニケーション・スキルの巻 2012年2月3日 シャングリ・ラ ホテル東京にて
2. コミュニケーションのエッセンス

時間の上手な使い方

吉野先生 佐藤 そもそもオンコロジーの領域には、「コミュニケーション・スキルには初歩から高度なレベルまである」という認識自体が根付いていない気がしますね。

吉野 そうですね。限られた診療時間のなかでは、1時間に10人の患者さんを診なければならないわけです。このようなとき、若い先生ほど1回で診断から告知、治療方針、場合によっては予後まで、すべてを盛り込んで話そうとして、相手が消化不良を起こしていることが多々あります。
 私は初診の場合には、患者さんの希望が特になければ、1回20分ほどで3回に分けて話すことを基本にしています。2回目・3回目は、検査で来院する際などにお会いして、続きを話すようにしています。3回に分けるだけで話の飲み込みがかなりよくなりますし、患者さんも自分だけで抱え込まずにすみます。また、看護師や薬剤師から話してもらうタイミングを混ぜておくとよいですね。違う角度からの意見のほうが、私が言うよりも心に響いたりすることがあります。結局はトータルでみると、かなり時間をかけているのですね。本当のところは、やはりある程度の時間をかけなければ、良質な関係からスタートすることは難しいと思います。

佐藤 多職種でサポートするのはよいアイデアですね。私も看護師さんにはいつもサポートしてもらっており、とても助かります。

森田 吉野先生がおっしゃった通り、最近、話さなければいけないことを前日にリスト化している若い先生が増えているように思います。私も緩和ケア医として面談に同席することがあるのですが、そうした医師の面談では、わりと無駄な時間も多いのですね。患者さんがすでに理解していること、例えば肝臓のどこに何がある、という話から始めてしまう。患者さんはその先の話をして欲しいのに、それに気づかないのです。
 私は面談の最初に、「今からご病気のご説明をしますが、一番聞いておきたいこと、一番心配なことは何ですか」と聞くようにしています。そうすると、相手がどこまで理解しているか、一番知りたいことは何かがわかるので、比較的短時間で説明できます。事前に伝える内容を決めてしまうと、その医師にしてみれば「患者さんに全部を伝えたい」と思って努力をして時間をかけたにもかかわらず、患者さんはあまり満足してくれないという結果になってしまう。

吉野 ある程度、緩さをもつことは大切ですよね。

木澤 あらかじめメモをしておいて事務的に話すようなやり方だと、コミュニケーションもきつくなりがちですからね。

佐藤 コミュニケーションの構造をしっかり構築できるようになると、メリットがいろいろありますね。患者さんの満足度が上がり、時間も効率的に使えるようになります。

スキルを身につけることと、1人の人間として理解しようとすること

佐藤 例えば、手術は上手下手がわかりやすいので、上手になろうというモチベーションが生まれる。薬物治療にしても、知識を増やしていこうと努力しますね。しかしながら、コミュニケーションに対しては、先ほども言ったように初歩から高度なレベルまであるという認識自体が乏しく、評価が低いように思います。

吉野 薬物治療にしてもコミュニケーションにしても、引き出しの数が重要だと思うのです。病態に対し、どのレジメンを選択するか、どのエビデンスを引用するかということと同様に、患者さんの質問に対する引き出しをどれだけもっているかが重要だと思います。いろいろな人の話を聞き、そのなかで自分が使えそうなものをセレクトし、自分らしい言葉をつくり出すという作業をしない限りは、本当の意味で一人前の腫瘍内科医にはなれないと思います。

木澤 それともう1つ重要なのは、人間を理解しようとすることだと思います。その患者さんがどういう人で、これまでどのような生活をしてきて、どのようなことを大切にしているか――そういうことを知った上で、一緒に治療をしていこうとすれば、たとえ引き出しの数は少なくても、「この先生だったら任せよう」と思ってもらえるのではないかと思うのです。若いレジデントにも、コミュニケーション・スキルを身につけること、患者さんを1人の人間として理解しようとすること、その両方が大切だとよく言っています。

明智 その通りだと思います。

佐藤 患者さんとご家族に情報を提供することと同時に、相手が何を望んでいるのか、どういう言葉を欲しているのかといった価値観を、医療者側が気づくべきですね。

吉野 先ほどの明智先生の「患者さんは何度も“がん”と言ってほしくない」というお話は正しいと思います。医師と患者の付き合いは、人間対人間の付き合いになったほうがうまくいきます。私は外来の際に「次、いつ来院されますか」ではなく「次、いつお会いできますか」と聞くようにしています。まあ、少し格好つけているのですが(笑)。そうすると、病院にご主人と一緒に来ていたおばあさんが、1人で来るようになる。それで治療が継続できて、ご本人がハッピーであれば一番いいかな、と思っています。

佐藤 がん治療、特に抗がん剤による治療は本来であればつらいのですが、少しでも楽しいと感じてもらえる状況をつくり出すのは素晴らしいことですね。本日はどうもありがとうございました。

   
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