
佐藤 吉野先生は臨床現場で実際に数多くの患者さんの抗がん剤治療を行っておられますが、患者さんとコミュニケーションをとる際、どのような工夫をされていますか。
吉野 今紹介されたSHAREにあるような項目を網羅するように話しているつもりです。SHAREの内容は、腫瘍内科医が身につけるべき標準的なスキルだと思います。ただ、実際には医師の年齢や経験、キャラクターに合わせて、どのようにミクスチャーしていくかが、最も難しい点だと思います。研修会では、表面的な言い方にならないようにどう伝えるか、という点に迫った内容はあるのでしょうか。
明智 SHAREによって学べるのは、あくまでコミュニケーションのベースとなる部分です。実際の患者さんとのコミュニケーションは非言語的な部分も含め、生きものですので、瞬時に変わっていきます。しかも、その先生に合ったやり方があり、例えば口数が少なくても、「気持ちに寄り添ってくれている、サポートしてくれている」と患者さんがお感じになる先生もいらっしゃいます。最終的には、ご自身のコミュニケーションのスタイルを作り上げていっていただければと思いますが、その基本のトレーニングがSHAREという風にご理解いただけるとよいのではないでしょうか。
佐藤 SHAREを学んだ後、それをどのように活用していくかが重要ということですね。木澤先生はどのようにお考えですか。
木澤 SHAREのトレーニングのもっともコアなコンセプトは、「自身のコミュニケーションを客観視する」ことだと思います。トレーニングで、自分のコミュニケーションをスクリプト(台本)として第三者が見ているような感覚で捉えられれば、次第に言葉を選べるようになります。ほかの医師が話していることも自分のスキルとして吸収できますし、自分の言葉に対する相手の反応を振り返ることができるようになるので、トレーニングを受けることは非常に重要だと思います。
吉野 研修会では、話している様子をビデオ撮影したりするのですか。
明智 いえ、ロールプレイ方式です。ただ、一般的なコミュニケーション・スキルのトレーニングは、先生がおっしゃったようなやり方で行われていますし、私たちも若い精神科医に対しては、面接場面をビデオで撮影することによってトレーニングを行っています。ビデオを見ると、自分が考えていたのとはまったく印象が異なったり、表情や視線、姿勢といった非言語的な要素の重要性に気づかされたりしますね。
研修会では、参加者は数名のグループに分かれ、1人が模擬患者を相手にロールプレイをし、残りのメンバーはその様子を観察してコメントやフィードバックをします。1泊2日の日程でこのトレーニングを何度も繰り返し行いますので、内容的にはかなりハードです。ロールプレイだけでなく、観察者としてフィードバックする側にもなるので、非言語的なコミュニケーションの重要性も理解できる内容になっています。
吉野 例えば、患者さんから質問を受けた際、質問に対して忠実に答える方がよい場合もありますが、相手にインパクトを与える言葉に置き換えるというテクニックもありますよね。SHAREは患者さんの質問に答えるというより、医療者側から患者さんに向かう際の話し方を中心につくられたという印象をもちました。
明智 おっしゃる通りです。それはanswer (答) とrespond (応) の差だと思います。SHAREは、共感に重点を置いたものになっています。例えば、患者さんが「私はもう駄目なのでしょうか」「もう長くないのでしょうか」という問いかけをされる場合、答えを求めているのではないことが大半です。トレーニングをすることで、それが徐々にわかるようになってくると思います。患者さんが本当に気がかりなことを、コミュニケーションをしながら理解して共感し、それに“答える”のではなく“応える”ことが、表面的ではないコミュニケーションにつながると思います。

佐藤 トレーニングの話が出ておりますが、吉野先生は、若い先生方に臨床現場でどのような教育をなさっていますか。
吉野 実際に私の外来を2〜3名の先生に見てもらっています。ただ、私が必ず言うのは、「そのまま真似をするな」ということです。自分のキャラクターに合わせたパターンに翻訳しないと、絶対に失敗します。私の年齢だからこそ言える言葉もありますから。基本は、相手の心の動きを推測しながら言葉をかけていく。よほどのことがない限りは土足で踏み込まず、まずは様子をうかがいながら入っていくのがよいと思います。
佐藤 なかなか実践するのは難しいところですね。森田先生、何かご意見はありますか。
森田 言葉で伝わるのは1〜2割と言われています。態度や雰囲気を、どれだけ意識できるかが重要だと思います。何かを伝えようとするとき、ほかの先生が外来で使用していた“いいセリフ”をただ真似してもだめだと思います。
吉野 私は必ず、いきなり本番で使用せず、まずはプライベートで使ってみるように言っています。
佐藤 私も医学部生の講義では「好きな人に告白する場合は、どのような場を設定するか、どのように伝えるか」などという例えを用いて、身近な場面から想像させるようにしていますね。
森田 私は大阪出身ですので、関西弁を交えながら「いやまあ、そんな言うても、別にまあ、そうそう」などと、比較的さらっと話すことが多いのですが、患者さんには冷たいと感じさせず、よい関係が保たれる場合が多いと感じています。ところが若い先生が同じようにすると、突き放されたように感じることもあるみたいですね。
吉野 若い先生にコミュニケーションの1つの例としてよく話すのが、ワールドベースボールクラシックの対アメリカ戦での王貞治監督の言葉です。外野フライで日本の3塁ランナーがタッチアップしたのですが、審判が最初はセーフだった判定を覆してアウトにして、話題になりました。そのときの記者の「あれはセーフですか、アウトですか」という質問に対する王監督のコメントが、プレスの世界では伝説として残っているのだそうです。
王監督はその質問に対し、「目の前で見ていた審判が判定を覆すことは信じられません。野球発祥の地であるアメリカで、このようなことがあってはならないと思います」とコメントしています。このコメントでは、アウトかセーフかを答えておらず、誤審とは言っていません。対戦国であるアメリカに配慮し、また審判を敵に回すことなく、しかしチームの士気に配慮して言うべきことは言っている。
これは、例えばがんになった父親に、娘が「不摂生をしているからよ」と言った場合に、父親の立場を立てながら、どのように娘を納得させるかを考える際に当てはまると思います。
佐藤 まさにSHAREですね。
森田 患者さんに対してもご家族に対しても、その気持ちを想像して配慮をする、空気を読んで話すことが重要ですね。
明智 共感するというのは、そういうことです。「自分が相手の立場だったら」とおもんばかるためには、自分自身が心から感じたことを表現するのが最も効果的で、SHAREの“RE”にもそういう意味が込められています。ただ、研修会はそこまで高度な内容ではなく、例えば患者さんがつらそうにされていたら「つらいですね」と言うような、もっと初歩的な部分に焦点を当てることが多いと聞いています。
木澤 確かに、今の吉野先生と森田先生のお話は高度な共感ですよね。相手をおもんばかって、空気を読んで話すというのは、苦手な人もいるじゃないですか。私は学生を教えているので特にそう感じるのかもしれませんが、「どうお感じになっていらっしゃいますか」と聞く、相手の言葉に対して「それはつらいですね」という一言を出す、それが精一杯という人も多いです。でも、基本的にはそこから始めるしかないのかなと思います。