消化器癌治療の広場
臨床試験を斬る! 第2回 前向き試験における治療効果予測因子、予後予測因子の解析
第一段階 第二段階 結論 実践

第一段階  前向き試験における予測因子の検討

 新治療が標準治療に比較して優れていることを証明するためには、プロトコールを策定し、前向きの臨床試験を行って、その仮説を検証することが必要であることは、臨床研究を進めるうえでのprerequisite (必須条件) となってきている。近年、こういった前向きに行われた臨床試験のなかで得られたサブグループにおけるデータを集積し、予後に対する有意の効果やQOLの向上、毒性の軽減などが期待されるサブセットを解析、探索することが広く行われるようになってきている。
 例えば、UGT1A1酵素の*28におけるTATA sequenceの polymorphismがIrinotecan (CPT-11) 治療に対する毒性の発現に強い関連をもつことについては、薬理遺伝学的な解析がなされ、CPT-11による癌治療の指針となっている1)。この理論も臨床における患者遺伝子型のサブセットと毒性との関連を解析することによって再確認がなされ、きわめて強いエビデンスとして臨床医学の領域において応用されるようになった。また、前立腺癌の臨床比較対照試験で全体では有意差が認められなかった2群間において、treatment-covariate (共変量) についてのサブセット解析を行った結果、サブグループにおいて有意の効果が証明された治療法があることもよく知られた事実である2)
 近年、癌治療においてその進歩が著しい分子標的治療においても、このようにサブグループを選別し、薬剤の効果が最も期待されるサブセットを探索する試みが進められている。そのなかでもEGFRに対するモノクローナル抗体薬であるCetuximabとPanitumumabのKRAS statusによる転移を有する進行再発大腸癌に対する治療効果の解析と応用については、多くの研究が発表され、実臨床の世界においてもきわめて大きなインパクトを与えている。本稿では、この抗EGFR抗体薬の適用においてKRAS statusとの関連を検討するために行われたいくつかの臨床研究にフォーカスを当て、この問題に関連して得られた知見を検証し、それぞれの研究の意義と価値について考察を加えることとしたい。

CRYSTAL試験 ――抗EGFR抗体薬の治療効果予測因子としてのKRAS statusを確立

 腫瘍組織におけるKRAS statusが抗EGFR抗体薬の治療効果にcriticalな影響をもたらすことを示唆した研究は、切除不能進行・再発大腸癌に対する1st-line治療としての化学療法 + Cetuximabの有用性を探索したCRYSTAL試験をもって嚆矢とされている。この試験はFOLFIRIにCetuximabのon-offの2群を比較した大規模無作為化比較試験であり、登録された1,217例のうち1,198例が2群に無作為に割り付けられた。その結果、主要評価項目とされたprogression-free survival (PFS) においてハザード比 (HR) 0.85、95%信頼区間 (95% CI): 0.726-0.998、p=0.048とボーダーラインではあるものの、Cetuximab上乗せ群において有意の効果が報告されている3)
 主解析の最終結果が発表される前に、LièvreらによってKRAS 遺伝子変異を伴う大腸癌はCetuximabの治療効果のnegativeな予測因子であると報告されたことから4)、CRYSTAL試験に登録された大腸癌患者の癌組織切片を登録終了後に収集し、KRAS statusとCetuximabの効果の関連について調査が行われた。全症例の45%にあたる540症例について癌組織の解析を行った結果KRAS 野生型ではPFSについてHR=0.68, p=0.02ときわめて有意にCetuximab併用群が優れた予後を示すことが明らかになった5)。これに対し、KRAS 変異型ではHR=1.07とCetuximabの上乗せ効果は認められていない。さらに、その後もCRYSTAL登録症例の癌組織標本の収集は続けられ、全症例の89%にあたる1,063症例について解析が行われた6)。この再解析では、KRAS 野生型でPFSについて前回とほぼ同じHR=0.70, p=0.0012との結果が得られ、優れた再現性を示した。それととともに、半分以下の症例についてしかKRAS statusの調査ができなかった最初の報告に比較して、後解析であってもきわめて信頼性の高い結果が得られているものと考えられた。
 FOLFOX4をベースにCetuximabのon-offを切除不能大腸癌初回治療例で比較した第II相試験 (OPUS試験) においても、全337症例のPFSでHR=0.93, p=0.61とCetuximabの上乗せ効果は全く認められていないが、233症例から得られた組織標本を解析しKRAS 野生型に限定してCetuximab併用群 (61例) とFOLFOX単独群 (73例) を比較したところ、PFSについてHR=0.57, 95% CI: 0.36-0.91, p=0.016と有意にCetuximab併用群が優れており7)全症例の93%にあたる315例での再解析でも同様の結果を示している8)。また、さらにCetuximabとbest supportive careを比較したNCIC CTG CO.17試験でも登録された全症例572例の69%にあたる394例についてKRAS statusとCetuximabの効果を検討したところ、KRAS 野生型ではPFSでHR=0.40, 95% CI: 0.30-0.54, p<0.001、またOSについてもHR=0.55, 95% CI: 0.41-0.74, p<0.001というきわめて有意の結果であることが報告されている9)


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