BRAF 変異型大腸癌に対する新たな試み

 今回の新薬に関する報告で最も印象に残ったのが、未承認薬同士の併用で既治療のBRAF 変異型大腸癌に対する有効性を示した#3528である。#3528は、切除不能大腸癌に対するBRAF阻害薬 (Dabrafenib / GSK2118436) とMEK阻害薬 (Trametinib / GSK1120212) の併用療法を検討した第I相試験のBRAF 変異患者28例に関する報告である8)

 BRAF阻害薬といえば、2011年の米国臨床腫瘍学会年次集会のプレナリーで報告されたBRAF 変異型メラノーマにおけるVemurafenibが記憶に新しい9)。しかし、メラノーマにおける華々しい治療成績とは対照的に、BRAF 変異型大腸癌に対するBRAF阻害薬 (Vemurafenib, Dabrafeinib) は奏効率5-8%程度と芳しくない8,10)。今回のパートナーであるMEK阻害薬Trametinibは、MAPK経路の下流に位置するMEKを阻害する低分子化合物であるが、こちらもBRAF 変異型大腸癌13例における単剤投与の奏効例はゼロという成績である8)

 数々の臨床研究により、BRAF 変異型大腸癌では既存の治療薬・レジメンで十分な効果が得られないことは明らかである。新たな治療標的を定める上で、BRAF 変異型メラノーマとBRAF 変異型大腸癌との違いを明確化することが重要な鍵となる。#3528の発表者であるCorcoranらによる前臨床の検討では、BRAF 変異型メラノーマではBRAF阻害によってMAPK経路が遮断されるのに対し、BRAF 変異型大腸癌では一時的にERKのリン酸化が抑制されるものの、24時間で25-50%のレベルまで回復することが確認されている11)。このBRAF 変異型大腸癌におけるMAPK経路の不完全な遮断には、RAFファミリーであるCRAFを介したシグナル伝達経路の存在が指摘されている。

 #3528はBRAFとMEKの両方を阻害する、いわゆる“二本差し”によって抗腫瘍効果が得られるという仮説のもとに実施された[]。結果として、有効性の評価が可能であった26例中1例でconfirmed PRが、13例でSDが得られた。また、SD症例の31%ではわずかながら縮小が認められた8)。第I相試験が大腸癌のポスターディスカッションに選ばれることはまれであるが、本演題が選ばれた一番の理由はこの著効例にあると思われる。有効な薬剤が全くないと思われていたBRAF 変異型大腸癌に対し、未承認薬の併用により著効例が得られたインパクトはきわめて大きい。

明暗の分かれた2演題 ― 毒性という大きな壁

 一方で、同じく未承認薬同士の併用による“二本差し”を試みたものの失敗に終わってしまったのが、#3529のAkt阻害薬 (AZD6244 / Selumetinib) とMEK阻害薬 (MK-2206) の併用である12)。単一の経路阻害ではクロストークによってシグナル伝達が維持されるという仮説に基づき、KRAS 野生型大腸癌に対するMAPK経路とPI3K経路の二重阻害を検証した研究で、血液や腫瘍生検で効果を確認しながら用量を増やしていくpharmacodynamic-driven trialとして行われた。しかし、毒性が強かったため、両剤とも単剤投与時の推奨用量を投与することができず、わずかな有効性が示されたのみであった。

 このように、未承認薬同士の併用療法の開発は毒性との戦いでもある。同様の毒性プロファイルをもつ薬剤の場合、単剤投与時よりも忍容性が下がり、十分な量が投与できずに抗腫瘍活性を発揮できない可能性がある。#3529はまさにそのケースといえよう。未承認薬同士の併用をpharmacodynamic-driven trialとして検証した点は革新的だったが、非常に残念な結果であった。

個別化医療の最先端 ― NCI-60 cell panel

 #3528と#3529は、どちらも米国立癌研究所 (NCI) が関与した研究である。未承認薬の併用パターンは基礎研究のデータに基づいて決められる。プロテオミクスによるアプローチやsiRNA libraryなど、スクリーニング方法はさまざまであるが、その1つがNCIで開発された“NCI-60 cell panel”である。60種の腫瘍株がパネル化され、2種類の候補薬剤を入れると、「併用による有効性が期待できる癌腫/できない癌腫」「単剤による有効性が期待できる癌腫/できない癌腫」が即時に判定できるようになっている。NCI-60 cell panelは、米国内はもちろんのこと、世界中の研究者に向けて無償提供されている。

 未承認薬同士の併用療法は本邦では1例も報告されておらず、世界でもまだ330報程度という最先端の試みである。今回は明暗が分かれたが、実際に臨床データが報告され始めたことで、個別化医療が新たなphaseに突入したことをひしひしと感じた。わが国の基礎研究のレベルは世界でもトップクラスにある。今後は基礎研究者と臨床医が強い連携を築き、こうしたopen sourceを活用して個別化医療の最先端に挑戦していくことも必要であろう。