消化器癌治療の広場

第17回座談会:消化器癌の個別化医療に向けて−肺癌から学ぶ− 2014年3月12日 パレスホテル東京にて

臨床開発における課題

大腸癌における臨床開発

大腸癌領域で懸念されるdevice lag

土原:最後に吉野先生から、大腸癌における臨床開発についてお話いただきます。

吉野先生

吉野:大腸癌領域では、国際共同臨床試験への参加などによりdrug lagは解消されてきましたが、今後はdevice lagが生じることが懸念されています。喫緊の問題の1つが、米国企業によるglobal治験の適格基準で、RAS 検査について、承認された診断方法による測定、もしくはCLIAラボまたはセントラルラボにおける測定が必要になりつつあります。つまり、現在RAS 検査の体外診断薬が承認されておらず、CLIAラボも存在しない日本では、組織をすべて海外のセントラルラボに送らなくてはなりません。精度管理に関しては、2014年のNCCNガイドラインにもCLIAラボで行うべきと記載されており、CLIA準拠ラボの整備は急務です。
 もう1つの問題が、NGSの到来です。2013年11月、イルミナ社によるNGSを用いた嚢胞性線維症診断がPMAを受けました。現在、イルミナ社はAmgen社と提携し、Panitumumabに対応するコンパニオン診断としてNGS装置用の体外診断薬を開発しています。なお、FDAにおけるこの体外診断薬認証の流れを見ると、Luminex法を用いたマルチプレックス診断の承認の経験をもとにNGSベースの診断法の評価に拡大する形になっています。先程申し上げたRAS 検査キットRASKETもLuminex法を用いて複数遺伝子の変異検出を行うシステムであり、この承認申請の過程で日本においてもレギュラトリーサイエンスの経験が蓄積され、将来のNGSベースの診断法の承認への道筋がつけられるのではないかと思っています。

大腸癌におけるBRAF阻害剤の開発

大腸癌領域では現在、BRAF が注目を集めています。BRAF はexon 15 (V600E) に変異が集中しており、変異率は日本では5%程度だと思われます。BRAF 変異は予後不良であり、抗EGFR抗体薬をはじめ多くの薬剤による効果は低く、OS中央値は1年程度に過ぎません。
 BRAF 変異型のメラノーマに対して有効性を示したVemurafenibは13)、大腸癌に対しては有効性を示せませんでした14)。また、メラノーマではBRAF阻害剤のDabrafenibに対するMEK阻害剤のTrametinibの上乗せ効果が認められましたが15)、大腸癌における同様の併用療法は目覚ましい効果を得られませんでした16)。これらの理由として、大腸癌ではEGFRが過剰発現しているため、BRAFやMEKのMAPK経路を抑えてもそれらをすり抜ける活性化のpathwayがあるためではないかと考えられています。
 そこで現在、BRAF 変異に対して、抗EGFR抗体薬を使用した2種類の試みがなされています (図5)。1つはBRAF阻害剤と抗EGFR抗体薬の併用で、Vemurafenib + Panitumumabについての検討17)、そしてDabrafenib + Panitumumabに対するTrametinibの上乗せ効果を検討した第II相試験が進行中です18)。また、もう1つはMAPK経路とPI3K経路を同時に阻害する戦略で、BRAF阻害剤LGX818 + Cetuximab ± PI3K阻害剤BYL719の第I/II相試験が進行中です19)
 BRAF 変異陽性症例は予後が極めて不良のため、迅速にスクリーニングを行わなければ臨床試験に組み入れるのが困難です。そこで、先ほど西尾先生にご紹介いただいたLC-SCRUM-Japanを参考に、セントラルラボにおいてMu-PACK™でBRAF /NRAS /PI3CA 検査を行う消化器癌のスクリーニングシステム、GI-SCREENを2014年2月に立ち上げました (図6)。
 GI-SCREENの目的は、切除不能進行・再発大腸癌における癌関連遺伝子変異のプロファイリングですが、BRAF阻害剤の第III相試験に備えてBRAF 変異型症例を検出することも念頭に入れており、今年中に500例を集積したいと考えています。全国に臨床試験の実施経験の豊富なコアセンター30ヵ所程度が参加したネットワークを作ることにより日本全国の患者が臨床試験に参加できる機会を増やします。また、研究の成果をいち早く実地診療で利用できるように、このネットワークで得られる知財やCOIの管理についても透明性を高めています。
 このスクリーニングシステムの特徴は、3ヵ月に一度の生存調査を行うことにより、施設ごとの生存情報をシェアできる点にあります。臨床試験に登録可能な患者の追跡が可能であり、将来的には製薬会社との協力体制につなげられると考えています。また、Mu-PACK™を使用することで、現時点で保険収載されていないKRAS /NRAS 変異情報を担当医や患者に高い精度で伝えることもできます。今後は他の遺伝子への拡大、食道癌や胃癌、GISTなど他癌種にも展開することで、消化器癌治療開発のフルプラットフォームとして成熟させていく予定です。
 以上のように、大腸癌における開発の方向性は組織ベースからバイオマーカーベースに変わっており、海外ではNGSを利用した診断薬の開発が進んでいます。今後は先進的な技術を高精度で検証できるCLIA基準を満たす検査施設の整備などglobal standardに対応可能な体制を強化することで、device lagがdrug lagを生み出すという最悪の事態を防ぎたいと考えています。

土原:ありがとうございます。今後の大腸癌における臨床開発について、ご意見いただけますでしょうか。

西尾:日本にCLIAラボがないために海外のセントラルラボに組織を送ることが繰り返されると、臨床検査に空洞化が起きてしまいます。そのためにも、製薬企業やアカデミア、患者団体などによる協力体制を作り上げることが大事だと思います。

登:CLIAの制度のなかには、International CLIA Certificationという仕組みもあります。日本の施設がこの認証を得ることで吉野先生が提起された問題はクリアできるでしょう。ただ、先程申し上げたとおりCLIAラボであっても、Oncotype DXのように他施設で開発されたLDTを使用できるわけではありません。現在の日本における質保証という面では、ISO15189およびCAP (College of American Pathologists) 認証などがありますが、日本の検査体制をglobal化していくためには、これらの特徴を理解した上で明確な方向性を定めることが重要です。

土原:消化器癌治療も、将来的にはNGSによるマルチプレックス診断へと移っていくと考えられます。そのためには、検体の管理から結果の解釈まで含め、統一した精度管理の必要性をすべての当事者がより認識するとともに、マルチプレックススクリーニングに関わるレギュラトリーサイエンスの充実が必要です。こうした基盤が整えば、deviceを生み出す研究者にとってもモチベーションが高まると期待されます。
 NGSは歴史が浅く、さまざまな応用が効く分野です。チャンスが多く眠っていると認識し、今後も努力していきたいと思っています。本日はどうもありがとうございました。

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