急性膵炎に対する診断と治療戦略
はじめに / 胃癌治療ガイドラインの作成プロセス / ガイドラインのEBM / 医師用ガイドラインの利用法 / 
一般用ガイドラインの利用法 / おわりに
はじめに
   1962年から胃癌研究会は胃癌取り扱い規約を作成し、治療成績の科学的比較を可能にすると共に、胃癌治療の標準化に尽くしてきた。その結果、わが国における胃癌診療は世界最高レベルにまで達したといっても過言ではない。この胃癌取り扱い規約に習い、大腸癌や乳癌など多くの癌取り扱い規約が専門学会から公表されているのは周知の通りである。誤解を恐れずに言うと、胃癌取り扱い規約は第2群までのリンパ節郭清(D2郭清)をゴールドスタンダードとした、いわば治療ガイドラインの側面を併せ持つようになっていた。治療方針は時代と共に変遷するものであり、D2郭清かくあるべしという前提に立った改訂作業は、取り扱い規約の頻繁な改訂を余儀なくされた。
  1998年に日本胃癌学会が設立されて間もなく、胃癌治療ガイドラインの作成に向けて検討が開始された。これは、胃癌研究会を中心としたわが国の膨大な胃癌診療に関する業績を整理し、胃癌のステージ別の標準的治療を示そうとしたものである。つまり、胃癌取り扱い規約から、治療ガイドライン的な要素を明確に分離しようとする試みであった。2001年3月には胃癌治療ガイドラインが発行され1)、2004年4月には改訂第2版が発行された2)。また、2001年12月には一般用として、胃癌治療ガイドラインの解説が発行されている(図13)。本稿では胃癌治療ガイドラインの作成過程を紹介すると共に、ガイドラインの利用にあたって留意すべき点を述べる。
図1 一般用ガイドライン表紙
 
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胃癌治療ガイドラインの作成プロセス
   日本胃癌学会の胃癌治療ガイドライン検討委員会が主体となって、ガイドラインは作成されている。この委員会は、胃癌取り扱い規約を検討する規約委員会とは全く別の組織であり、作成委員会と評価委員会に分かれている。評価委員会は組織的には作成委員会とは全く異なった機能と権限を持つ委員会であり、作成委員会によって作られたガイドライン原案を独自の視点から検討評価する。また、作成委員会と評価委員会の合意が得られたガイドライン原案は、胃癌学会理事会において更に検討される。そして、最終案は日本胃癌学会全会員に配布されたのち、学会の総会でコンセンサスミーティングを開催し、論議を尽くした上で正式のガイドラインとして公表される。
  このような仕組は一見煩雑のようであるが、一部の委員の思い込みや主観を極力排除するために必須のプロセスである(図2)。初版のガイドラインについては、日本癌治療学会総会でも他の癌専門学会の代表を交えて評価を受けた。また、治療ガイドラインは本来医師用に作成されたものではあるが、ガイドラインの内容が広く患者さんや一般の方に理解されるべきであるという考えから、胃癌治療ガイドラインの解説も作成公開された。
図2 ガイドライン作成プロセス
 
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ガイドラインのEBM
   胃癌治療ガイドライン作成にあたっての基本方針は、Evidence Based Medicine(EBM)に則るということであった。最近は周知のように、治療法を示す際にはエビデンスレベル(表1)を示すように求められている。しかし、胃癌治療に関するEBMは必ずしも豊富にあるわけではないことが予想された。そこで、作成委員会ではわが国で現在行われている胃癌治療の実態を知るために、日本胃癌学会会員を対象に広範なアンケート調査を実施した。既に胃癌治療に関して世界最高の実績を持つわが国で現実に行われている医療の実際は、ガイドライン作成の上で重要視された。
  このような経緯から、出来上がったガイドラインをサポートする文献的なEBM は十分とは言えない。しかし、実態に基づいたガイドラインの公開にはそれなりの意義があり、これを機に科学的な臨床試験の積み重ねにより、EBMを作り上げてガイドラインを改訂して行く姿勢が、我々に期待されていると言えよう。
表1 エビデンスレベル
 
AHCPR(Agency for Health Care Policy and Research)による証拠評価基準
I a 無作為化比較試験のメタアナリシス
I b 少なくともひとつの無作為化試験
II a 少なくともひとつの良くデザインされた非無作為化試験
II b 少なくともひとつの他のタイプの良くデザインされた準実験的研究
III 比較研究、相関研究、症例比較研究など、
よくデザインされた非実験的記述的研究
IV 専門家の委員会からの報告や意見、権威者の臨床経験など
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医師用ガイドラインの利用法
   ガイドラインの骨子は、ステージ別に日常診療として標準的な治療法を示すことにあるが(表2)、同時に現在臨床研究として行われている治療法についても提示した(表3)。日常診療と臨床研究の明確な区別は必ずしも容易ではないし、この2つを区別することに反対の意見もあったが、その間をあいまいにしたままではガイドラインの意義が大きく損なわれると考えられた。もちろん、臨床研究として熱心に検討されて、その成果が明らかになった場合には、臨床研究から日常診療へと認識が変わることになる。日常診療として示された術式や治療法の妥当性を示すEBMは、特に外科治療で少ないにもかかわらず、コンセンサスを得るのは比較的容易であった。胃癌研究会時代からの実績で、外科医相互の理解がある程度確立されていたという事実が大きかった。
  一方、化学療法に関しては、EBMが少数ではあるが認められ紹介されている。2001年の初版では、手術不能進行癌や再発癌における化学療法の意義を認知したものの、具体的に推奨されるレジメが示されず、第2版3)では現在進行中の臨床第3相試験をいくつか紹介してそのレジメを示した。
  ガイドラインから外れた治療方針が禁じられているわけではない。患者さんのリスクや希望に応じて最終的に決定されるものである。また、補助化学療法や拡大リンパ節郭清は日常診療として認知されなかったが、各施設の判断と患者さんの了解の上で、これらの治療法を選択する事も可能である。ただし、説明にあたってはガイドラインによる日常診療を提示した上で、なぜ異なった方針を推奨するのか十分に説明する義務があることを理解する必要がある。そして、日常診療から外れた治療の多くが臨床試験として行われ、一例一例の試みがその治療法の評価につながるような体制になれば、わが国の胃癌治療のレベルは格段に向上すると期待される。
表2 ステージ別の胃癌の日常診断
 
  N0 N1 N2 N3
T1(M) IA
EMR(一括切除)
 (分化型, 2.0cm以下,
 陥凹型ではUL(−))
縮小手術A1)
 (上記以外)
IB
縮小手術B
1)
 (2.0cm以下)
定型手術
 (2.1cm以上)
II
定型手術

IV
拡大手術
緩和手術
(姑息手術)
化学療法
放射線治療
緩和医療
T1(SM) IA
縮小手術A
 (分化型, 1.5cm以下)
縮小手術B
 (上記以外)
T2 IB
定型手術
2)
II
定型手術
IIIA
定型手術
T3 II
定型手術
IIIA
定型手術
IIIB
定型手術
T4 IIIA
拡大手術(合切)
3)
IIIB
拡大手術(合切)
   
H1,P1,
CY1,M1,
再発
   
1) 縮小手術A, B:定型的切除を胃の2/3以上切除とすると, それ未満の切除を縮小切除とする。
optionとして大網温存, 網嚢切除の省略, 幽門保存胃切除(PPG), 迷走神経温存術などを併施する。
またリンパ節郭清の程度により縮小手術A(D1+α)と縮小手術B(D1+β)にわけた。
αの郭清部位:部位にかかわらずNo.7, また病変が下部にある場合はさらにNo.8aを追加する。
βの郭清部位:No.7, 8a, 9を郭清する。
2) 定型手術:胃の2/3以上切除とD2郭清
3) 拡大手術(合切):定型手術+他臓器合併切除
4) Stage別の手術法は術中の肉眼によるStageに基づいたものであり,
縮小手術の適応において疑問の余地がある場合は定型手術が勧められる。
表3 ステージ別の胃癌の臨床研究
 
  N0 N1 N2 N3
T1(M)
>2.0cm
IA
EMR
(分割切除)
EMR(切開剥離法)
EMR 不完全例に対
するレーザー治療など
IB
腹腔鏡補助下切除
II W
拡大手術

 (合切・郭清)
減量手術
化学療法

 (全身・局所)
温熱化学療法
T1(SM) IA
局所・分節切除
腹腔鏡下局所切除
腹腔鏡補助下切除
T2 IB
腹腔鏡補助下切除
II
術後補助化学療法
IIIA
術後補助化学療法
T3 II
術後補助化学療法
術前化学療法
IIIA
拡大手術(郭清)
1)
術後補助化学療法
術前化学療法
IIIB
拡大手術(郭清)
術後補助化学療法
術前化学療法
T4 IIIA
化学療法
術前化学療法
術後補助化学療法
放射線療法
IIIB
拡大手術(合切・郭清)
1)
化学療法
術前化学療法
術後補助化学療法
   
H1,P1,
CY1,M1,
再発



 
1) 拡大手術(郭清):拡大リンパ節郭清を意図した拡大手術。
拡大手術(合切・郭清):他臓器合併切除と拡大郭清を行う拡大手術。
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一般用ガイドラインの利用法
   一般用ガイドラインはセルフガイドブックではない。つまり、患者さんやその家族が読むだけで自動的に治療法が決まるようなマニュアル本ではない。ときには、患者さんが来院した際に何の説明も無くガイドラインを渡して、一度通読してもらってから医師が説明を開始するような利用法が行われているが、これは正しい利用法とは言えない。一般用ガイドラインの表紙には、ガイドラインを机の上に開き、患者さんとその家族と一緒に医師が座っている絵が載せられている(図1)。ガイドラインとは医師の説明を省くものではなく、この絵のように医師の説明をより良く理解させるためのものである。
  胃癌であることを宣告した後に、いくら詳細に病状(ステージ)や治療法について説明しても、癌の告知を受けた患者さんが平常心で医師の説明を聞くことはしばしば困難である。このような場合に、患者さんが帰宅後にガイドラインを利用することで、改めて医師の説明に対する理解を深めることが可能になる。一般用ガイドラインには、ステージ別の治療法を示すだけでなく、胃の生理や解剖に関する知識、胃癌の基本的知識についても概説してある。この部分は、医師の説明の中で不十分になり易い部分でもある。また、患者さんの理解を容易にするために絵を出来る限り多数採用した(図3)。現在、改訂された第2版に沿って、一般用ガイドラインの改訂作業も進行中であるが、絵は更に増やされる予定である。外来でどのように丁寧に説明したとしても、理解されにくい部分や、しばしば質問される事項は、Q&A として資料編の中にまとめられている。その後の検討で更にその項目も増やされる予定である。
  胃癌の治療ガイドラインが公開されてから、一般用ガイドラインに関しては医師ばかりでなくコメディカルスタッフや患者さんとその家族の方から、多数の貴重な意見をいただいた。医師からは複雑過ぎるのでもう少し簡潔にという意見が多くある一方、患者さんのサイドからはより詳細にという希望も少なくない。確かに、一般用ガイドラインをすべて説明しようとすると、少なくとも1時間以上かかる。その説明を迅速にするためにフローチャートの導入が提案されており、検討中である。一般用ガイドラインの要約をパンフレットにして公共の場で配布するべきという意見もある。いずれも傾聴に値する意見である。一般用ガイドラインには立場によってさまざまな側面があり、ある意味で医師用ガイドラインより作成は難しく、すべての意見を取り入れるのは不可能のように思われる。一般用ガイドラインを作成しているのは癌の分野では胃癌だけであり、これからどのように改訂されるのか注目される。
図3 一般用ガイドラインの絵(胃がん治療ガイドラインの解説[一般用2001年12月版]金原出版)
 
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おわりに
   癌治療ガイドラインを作成するにあたって最も多い反対意見は、「医師の裁量権が侵される(自由な診療が出来ない)」、「ガイドラインを外れると訴えられる」、「新しい進歩がなくなる」、の3つに集約される。そもそも、医師の裁量権とはどのような治療も医師が勝手に出来るというものではなく、医師の十分な説明のもとに患者さんが自ら治療方針を決定し、それにしたがって診療が行われるべきである。そして、その説明には一定のルールが求められている。
  また、ガイドラインに基づく標準的治療を示した上で、なぜ異なった治療が行われるのか十分な説明があれば問題が起きる可能性はむしろ低い。そして、標準的な治療と異なる意欲的な治療を、臨床試験としてその成果が医療の進歩につながる形で実践し、患者さんにも積極的に参加してもらうことで、むしろ医療の進歩は促進されるものと確信している。
  このような治療ガイドラインは学会や企業や国家の思惑とは違った自由な立場で作成されるべきであり、作成委員の定期的交代、学門の進歩に伴う定期的改訂、外部からの評価の受け入れなど含め、その作成過程にも目を向ける必要がある。そして、ガイドラインが真に役立つか否かは、まさにこれを利用する者たちのガイドラインに対する理解度にかかっている。
   
参考文献
 
1) 胃癌治療ガイドライン医師用2001年3月版、
日本胃癌学会編、金原出版株式会社、東京、2001
2) 胃癌治療ガイドライン医師用2004年4月改訂[第2版]、
日本胃癌学会編、金原出版株式会社、東京、2004
3) 胃がん治療ガイドラインの解説[一般用2001年12月版]
―胃がん治療を理解しようとするすべての方のために、
日本胃癌学会編、金原出版株式会社、東京、2001
  2004年10月発行
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