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はじめに / 基本的治療方針
/ 集中的治療およびオプション治療 / おわりに |
はじめに |
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ひと口に急性膵炎といっても、一時的な絶飲絶食と保存的輸液で治癒する軽症型から、重要臓器障害や敗血症を合併のために集中治療や外科的治療を余儀なくされる重症型まで多彩である。一方、急性膵炎に対する診断、重症度評価あるいは治療については、それぞれ多くの提案とその臨床応用されてきた結果、診療内容の施設間差を生じていた。確証の少ない治療法についてはその確認のための臨床研究の必要性が叫ばれるに至っている。このような状況下で、エビデンスに基づいた急性膵炎の診療ガイドライン1)
(以下、ガイドライン)が平成15年7月に発刊された。以下にガイドラインに沿って急性膵炎とくに外科医、救急集中治療医が関わる重症急性膵炎の診療について概説したい。 |
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1.臨床診断
急性膵炎臨床診断基準2) を表1に示す。膵酵素については簡便・迅速に測定可能な血中アミラーゼ値を対象としている施設が多いが、特異度の低い点が問題として指摘されており、アミラーゼとともにその限界を補うため血中リパーゼの測定が有用とされている。
また急性膵炎を疑う場合、胸・腹部単純X線撮影を行い、胸水貯留像、上腹部の局所的な小腸拡張像やイレウス像の有無を確認する。装置や患者の体型・病態によって得られる画像に差はあるが、初期の超音波診断は有用で膵の腫大や周囲の浸出液貯溜所見を把えることが可能な場合がある。原因に関連する胆石や総胆管結石などの異常所見も検出し得ることが特筆される。 |
表1 急性膵炎臨床診断基準 (厚生省〔当時〕特定疾患難治性膵疾患調査研究班) |
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1 |
上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある |
2 |
血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇がある |
3 |
画像で膵に急性膵炎に伴う異常がある |
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上記3項目中2項目以上を満たし、他の膵疾患および急性腹症を除外したものを急性膵炎とする。ただし、慢性膵炎の急性発症は急性膵炎に含める。また、手術または剖検で確認したものはその旨を付記する。 |
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注:膵酵素は膵特異性の高いもの(p-amylaseなど)を測定することが望ましい。 |
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2.急性膵炎診断におけるCTの有用性
急性膵炎のCT Grade分類3) を表2に示した。GradeTを除いた各Gradeに相当する具体的なCT像を図1に提示した。急性膵炎と診断された場合の重症度判定や治療方針決定にCT
検査が有用かつ客観的指標になりうるとの意見が多い。特に造影CT検査、Dynamic CT検査は存在診療と重症度の判定に有用で、治療法の選択と実施時期の判断に役立つ検査法として評価されている。 |
表2 急性膵炎のCT Grade分類 |
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Grade I |
膵に腫大や実質内部不均一を認めない |
Grade II |
膵は限局性の腫大を認めるのみで、膵実質内部は均一であり、膵周辺への炎症の波及を認めない |
Grade III |
膵は全体に腫大し、限局性の実質内部不均一を認めるか、あるいは膵周辺(網嚢を含む腹腔内、前腎傍腔)にのみfluid
collection注1)または脂肪壊死注2)を認める |
Grade IV |
膵の腫大の程度はさまざまで、膵全体に実質内部不均一を認めるか、あるいは炎症の波及が膵周辺を越えて、胸水や結腸間膜根部または左後腎傍腔に脂肪壊死を認める |
Grade V |
膵の腫大の程度はさまざまで、膵全体に実質内部不均一を認め、かつ後腎傍腔および腎下極より以遠の後腹膜腔に脂肪壊死を認める |
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注1) fluid collection:膵周囲(網嚢を含む腹腔内または前腎傍腔)への浸出液であり、CT上、均一なlow
density areaであり、造影により境界は明瞭となる。 |
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注2) 脂肪壊死:膵周囲、結腸間膜根部(上腸間膜動脈周囲)、前後腎傍腔、腎周囲、後腹膜腔の脂肪組織の壊死であり、CT
上では不均一なdensityを示し(fluid collectionよりもdensityは高い)、造影にても境界は不明瞭 |
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図1 |
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(a) |
GradeII: |
膵の限局性腫大を認めるのみ。 |
(b) |
GradeIII: |
膵は全体に腫大し、膵実質内部の一部に限局性の不均一化を生じている。前腎傍腔性fluid collection。 |
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(c) |
GradeIV: |
膵全体に膵実質内部不均一化を生じ、胸水、結腸間膜根部、左前腎傍腔に脂肪壊死を伴う。 |
(d) |
GradeV: |
膵全体の実質内部不均一化と広汎な脂肪壊死を生じている。 |
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3.重症度判定(判定基準)
厚生労働省特定疾患難治性膵疾患調査班により作成された急性膵炎の重症度判定基準と重症度スコア(表3)4)にてまず検討し、Stage分類(表4)から治療・管理することを勧めたい。ガイドラインでは重症度スコアが2点以上の重症例については、モニタリングと全身管理の可能な医療施設(高次医療施設)に搬送し、診療することを推奨している。 |
表3 厚生労働省急性膵炎の重症度判定基準と重症度スコア |
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表4 厚生労働省重症度スコアによるStage分類と致死率 |
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厚生労働省重症度スコア |
Stage |
致死率(%) |
0 |
0(軽 症) |
3 / 546 (1) |
1 |
1(中等症) |
7 / 248 (3) |
2〜8 |
2(重症T) |
27 / 319 (8) |
9〜14 |
3(重症U) |
31 / 64 (48) |
15〜27 |
4(最重症) |
16 / 20 (80) |
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基本的治療方針 |
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1.迅速に重症度判定と適切な治療選択を
急性膵炎は重症化すると、大量の循環血漿が失われ、多臓器不全のトリガーとなりうるため『発症早期より十分な輸液』を行い、疼痛コントロールそしてモニタリングとともに循環・呼吸管理が極めて重要である。図2に示したフローチャートに沿って、迅速に重症度判定と適切な治療選択を行う必要がある。この間に行うべきことは、絶飲絶食による膵の安静(膵外分泌刺激の回避)、可能であれば発症早期より経腸栄養の開始が推奨されているが、重症例ほど腸管運動障害などのためその施行の困難なことも少なくない。
感染性膵壊死などの膵局所感染症は急性膵炎の致死的な合併症である重症例においては、予防のための抗菌薬投与が感染性膵合併症の発生率及び死亡率を有意に減少させるとされている。膵組織内移行の良好な広域スペクトラムをもつcyprofloxacin5)、ofloxacin、imipenemなどが使用される。
蛋白分解酵素阻害薬については、gabexate mesilate 2,400mg/dayの持続点滴静注を7日間行うことにより、合併症発生率及び死亡率が有意に低下したとの報告がある6)。 |
図2 基本的診療方針 |
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注1)高次医療施設:消化器内科、外科医の常勤する施設。
注2)造影CT:腎障害や膵炎憎悪の可能性もあるので注意が必要である。
注3)CHDF:continuous hemodiafiltration。
注4)necrosectomy+continuous lavage/open drainage:症例に応じて施行する。 |
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2.胆石性膵炎に対する治療(図3)
内視鏡的治療法と外科的治療法がある。胆石性膵炎あるいは疑診例のうち、1.黄疸の出現または増悪など胆管通過障害の遷延例、2.胆管炎合併例、に限り緊急あるいは早期のENBD(endoscopic
naso-biliary drainage)施行が推奨される。また、膵炎が沈静化した場合には、同一入院期間内に胆道検索と胆嚢摘出手術を行うことが望ましい。腹腔鏡手術を選択することも可能であるが、重症例では現時点で適応とは言い難い。 |
図3 胆石性膵炎の診療方針 |
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ERC : endoscopic retrograde cholangiography ES : endoscopic
sphincterotomy |
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3.開腹手術および外科的処置を必要とする場合とは
〔感染性膵壊死〕膵実質壊死巣への感染合併すなわち感染性膵壊死を生じた場合は、手術の適応である。臨床所見や各種検査データの推移から感染合併が疑われる場合はFNA(fine
needle aspiration)施行が推奨されている。手術術式としては、壊死に陥った膵および周囲組織をデブリドマンするnecrosectomy(図4)で、その後の残存壊死巣に対してはcontinuous
lavageあるいはopen drainageを選択することとなるが、術中所見や術者の経験に基づいて決定される。 |
図4.necrosectomy前後の術中所見 |
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(a)necrosectomy前:壊死組織(黒茶色)を広汎に生じている。
(b)necrosectomy後:非壊死膵部を確認できる |
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〔膵膿瘍〕経皮的ドレナージのみで大部分の症例が治癒可能とされている。画像誘導下に安全な穿刺経路を確保できる場合は、第一選択となる。ただし、複数の膿瘍が存在する症例などでは本法による一期的治癒率は低く、ドレナージ後も臨床所見の改善が見られない場合は、速やかに開腹ドレナージ術を行う必要がある。
〔膵仮性嚢胞〕膵仮性嚢胞に対する治療の適応としては、1.腹痛などの症状を伴うもの、2.感染や出血などの合併症を生じたもの、3.経過観察中に増大するもの、などとされている。治療法は、経皮的ドレナージ、内視鏡的ドレナージ、外科的ドレナージ(主に内瘻造設術)があり、このうち経皮的ドレナージは最も低侵襲で、外科的ドレナージに代替しうる治療法として施行されている。非奏効例においては外科的ドレナージを考慮すべきとされている。 |
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集中的治療およびオプション治療 |
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1.蛋白分解酵素阻害薬の持続動注療法
壊死性膵炎に対するnafamostat mesilate持続動注療法施行群と非施行群で比較し、死亡率および合併症発生率が前者で有意に低くなることが報告されている。 |
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2.血液浄化
重症急性膵炎における血液浄化法はhumoral mediator除去効果を期待して施行される場合が多く、腹膜透析、血液透析、持続的血液濾過、持続的血液濾過透析、血漿交換などが臨床応用されている。このうち持続的血液濾過透析は多臓器不全への進展を防止しうる可能性が示唆されている。 |
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3.腹腔洗浄、腹膜灌流(peritoneal
lavage;PL)
PLは腹腔内に生じる毒性物質を含有する血性腹水や壊死組織を、生理食塩水などを用いて直接洗い流すことを目的として行われる。しかし、PL施行の有無による合併症発生率や救命率に差がなく、確たる有効性は証明されていない。 |
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4.選択的消化管除菌(selective
decontamination of the digestive tract;SDD)
膵局所感染症の起炎菌の大部分を占めるとされているグラム陰性菌に対するSDDは、重症例の感染性合併症および死亡率を低下させる可能性が示唆されている。SDD施行に際しては菌交代現象や耐性菌出現に対する監視培養が必須である。 |
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おわりに |
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急性膵炎の多くは軽症ないし中等症であるが、一部の症例では軽症であっても短期間に増悪し重症化する症例がある。そのような症例群では、難治性合併症などのため高い死亡率を示すことが知られ、初期診断と初期治療の重要性がうかがわれる。医療スタッフの充実度により左右されうるが、緻密な観察が基本的なポイントとなる。近年本邦では急性膵炎に対するガイドラインが作成された。急性膵炎の診療にあたる臨床医においては、ガイドラインをあらかじめ詳読しておき、その効率的利用、重症度の迅速判断によって、重症例では厳密なモニタリングおよび全身管理を行い、各種オプション治療法についてはそれぞれに適正な適応のもとで実施されることを願うところである。 |
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参考文献 |
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1) |
急性膵炎の診療ガイドライン作成委員会編:エビデンスに基づいた急性膵炎の診療ガイドライン. 金原出版, 2003 |
2) |
斉藤洋一:急性膵炎重症度判定基準作成の経緯.日本における重症急性膵炎―診断と治療の手引き―. 国際医書出版, 1-10,
1991 |
3) |
松野正紀:重症急性膵炎の治療方針. 厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班平成7年度研究報告書, 27-35, 1996 |
4) |
小川道雄ほか:厚生省特定疾患消化器系疾患調査研究班難治性膵疾患分科会平成10年度研究報告書, 23-35, 2000 |
5) |
Powell, J. J. et al :Antibiotic prophylaxis in the initial management
of severe acute pancreatitis. Br. J. Surg., 85:582-587, 1998 |
6) |
Chen, H. M. et al:Prospective and randomized study of gabexate
mesilate for the treatment of severe acute pancreatitis with organ dysfunction.
Hepato-Gastroenterology, 47:1147-1150, 2000 |
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2004年5月発行 |