分子標的治療の評価法
はじめに / 非臨床試験 / 臨床試験 / サロゲートエンドポイント / 分子標的治療薬の臨床試験 / まとめ
はじめに
   分子標的治療とは「癌細胞あるいは癌組織と、正常細胞あるいは正常組織との分子生物学的な差を、特異的に修飾することにより治療効果を得ようとする試み」と定義できる。
 癌細胞自身の分子生物学的変化(例えば、癌細胞の腫瘍遺伝子、腫瘍抑制遺伝子などの異常)に対し、それを修飾する腫瘍特異的分子標的治療や、癌組織と正常組織との分子生物学的な差(例えば、癌細胞周辺の血管または特異的な間質)に対し、それを修飾する腫瘍非特異的分子標的治療が考えられる。また、製剤的には分子量や分子構造の明確な小分子物質(small molecule)と、遺伝子治療や細胞治療などの高分子(macromolecule)に分類される。
 従って、分子標的治療薬の特徴は、細胞傷害性の抗悪性腫瘍薬と比べ、
a-1 探索の方法が全く異なる事
a-2 作用機序が大きく異なる事
の2点を指摘することができる(表1)。
表1. Empirical(random cell-based screening for cytotoxicity) versus target-based drug development
 
  Empirical Moleculalyrly Targeted
Discovery Cell based Target based
Mechanism of action Not determined by
screening assay
Based for selection
Pharmacological effect Cytotoxic(irreversible) Cytostatic?
(reversible?)
specificity Nonselective(toxic) Selective?(less toxic?)
Dose and schedule Pulse, cyclical at MTD* Continuous at tolerable dose
 *MTD = maximun tolerated dose.
[Fox, E. et al. : Oncologyst, 7(5) : 401-409, 2002]
  すなわち、従来の抗悪性腫瘍薬が癌細胞の増殖を抑制するものの、作用機序が不明確なまま臨床導入されてきた過程とは異なっている。分子標的治療薬はその標的ごとに表2のように分類される。
表2. Target-based therapy
 
1)Inhibitors for“Growth factor/receptor”&“Signal Transduction”
  Anti EGFR Ab, Anti Her 2/Neu Ab,
EGFR-TKI, c-Kit receptor TKI,
Bcr-abl-TKI,
Farnesyl transferase inhibitors, PKC inhibitor
2)Inhibitors for“Cell Cycle”
  Cyclin dependent kinase(CDK)inhibitor
3)Inhibitors for“Metastasis”&“Angiogenesis”
  Anti VEGF Ab, VEGF inhibitor
MMP inhibitor
Thalidomide
Angiostatin, Endostatin
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非臨床試験
   分子生物学的/分子生化学的手法で同定した化合物の標的に対する抑制について、in vitroおよびin vivoで抗腫瘍活性の有無を検討する必要がある。また、標的の発現や修飾と抗腫瘍活性の相関も検討する必要がある。
 腫瘍特異的分子標的治療薬の場合、実験モデルが限定されていることも多く、また標的の発現や修飾と抗腫瘍活性が必ずしも一致しない。
 一方、腫瘍非特異的分子標的治療薬の場合、概念の検証(proof of principle)の実験モデルが確証(validation)されていないとともに、一般的には極めてポジティブデータの出やすい実験系が選ばれ、抗腫瘍活性が限定された実験系のみで検討されているため、その結果を普遍化することは困難である。
 従って、分子標的治療薬の非臨床における薬効薬理試験のデータは不十分なことが多く、また、proof of principleに関わるデータも極めて乏しい。
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臨床試験
   分子標的治療薬の臨床評価の過程では、化合物のbiological activityとclinical benefitの双方を検討する必要がある。分子標的治療薬と従来の抗悪性腫瘍薬との差は、
b-1 毒性のprofileが異なる
b-2 長期投与の薬剤が多い
b-3 早期から併用療法を行う
b-4 プラセボを用いた比較試験が必要となる場合がある
などである。研究者の主観が入らないように治療効果の評価を行う必要があるが、投与スケジュールが特殊であり、また、実薬群では毒性が出るなど盲検が困難な場合も多い。
 特異的分子標的治療薬の評価の場合、治療対象となるグループをどのように特定するかが重要な課題となる。トラスツズマブのように乳癌症例のうちHer-2(+)例のみ対象とすれば理解しやすいが、CML(chronic myelocytic leukemia)に対するメシル酸イマチニブ、リンパ腫(lymphoma)に対するリツキシマブなどはむしろ疾患特異的なマーカーと考えられ、それ以上の患者の選別はされていない。また非小細胞肺癌に対するゲフィチニブは標的とする対象症例を同定する方法も不確実な状況である。
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サロゲートエンドポイント
   分子標的治療の臨床評価の場合、サロゲートエンドポイント(surrogate endpoint:代用評価項目)の評価が重要と考えられている。サロゲートエンドポイントは、
c-1 標的そのもの、あるいはその下流のシグナル伝達系に対する薬剤の効果を研究室レベルで評価する“直接効果のサロゲート”
c-2 臨床的治療効果の代用としての検査成績または臨床所見の改善を評価する“有用性のサロゲート”
に分類できる。前者は一般的にmolecular correlateと呼ばれているものであるが必ずしも“有用性のサロゲート”とは一致しない。
 例えば、上皮増殖因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)阻害のサロゲートとしては、1)EGFR量、リン酸化の状態、2)MAPキナーゼの活性化と阻害、3)AKTの活性化と阻害、4)p27の誘導、5)細胞増殖能、6)皮膚バイオプシーの組織所見、などを挙げることができる。また血管新生阻害剤のサロゲートとしては、1)腫瘍微小血管密度、2)腫瘍血流(MRI)、3)腫瘍代謝(PET)、4)アポトーシス、5)血管内皮細胞のアポトーシス、6)血流中の血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)、VEGF受容体(VEGFR)量、などがある。
“直接効果のサロゲート”の意義を左右する因子として、1)腫瘍中の標的分子の細胞増殖における意義と役割、2)測定法の信頼性(感度、特異性、予測能など)、3)標的発現の組織特異性、4)Heterogeneityの程度、5)組織サンプルの得やすさ、6)臨床効果の予測性、などがある。“直接効果のサロゲート”の検討が臨床効果を反映しない理由として、
d-1 測定対象となっているサロゲートが疾患の原因とは関わりがない場合
d-2 疾患は数多くの増殖シグナル伝達経路の異常により起こっているが、その一部のみを修飾している場合
d-3 サロゲートが修飾しようとする経路にない場合、あるいはあっても修飾作用に対しinsensitiveな場合
d-4 結果として疾患の原因となっている増殖過程とは異なる過程を修飾する場合
などが考えられる。
 “有用性のサロゲート”としては、1)腫瘍縮小、2)腫瘍マーカーの変化、3)PETによる腫瘍代謝の変化、などがあるもののvalidateされたサロゲートは腫瘍縮小のみである。
理想的なサロゲートエンドポイントを図1に示す。
図1. Ideal Setting for a Surrogate Endpoint
 
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分子標的治療薬の臨床試験
  分子標的治療薬の臨床試験の経過を図2に示す。
図2. Process of clinical trials of target-based drugs
 
  第I相試験
 従来の抗悪性腫瘍薬の第I相試験のエンドポイントは最大耐用量(maximal tolerated dose:MTD)の決定、PK/PD(pharmacokinetics/pharmacodynamics)解析、毒性profile、抗腫瘍効果の手がかりの検討などである。分子標的治療薬の場合、これらに加え生物学的エンドポイントの検討が必要である。至適生物的投与量(optimum biological dose:OBD)の決定には、標的となる血漿中濃度、標的およびその下流のシグナル伝達機構の抑制度を定量的に把握する必要がある。これらを可能とするためには十分な非臨床データ、信頼性の高い測定法、繰り返しバイオプシー可能な腫瘍検体、薬理学、薬力学の種差に関する情報が必須とされる。

第II相試験
 当初、分子標的治療薬は腫瘍縮小を示さないため第II相試験はスキップしてもよいとする考え方が広まった。しかし一般的に、奏効率は第III相試験を行うための根拠とされているため、第II相試験を行わず、直接第III相試験を行った場合、莫大なリソースを消失することになる可能性が高い。
 また、第II相試験のエンドポイントを奏効率ではなく増殖抑制時間(time to progression:TTP)とすべきとの意見もあるが、明確な自然経過が不明な状況下ではTTPは信頼できる指標にはなり得ない。いずれにせよ、比較試験として行い、patient selectionなどのバイアスを減らす努力が必要である。
 通常single armの第II相試験が行われてきたが、それによってわかることは、
e-1 治療(併用療法)の安全性のプロフィール
e-2 治療効果の推定
e-3 サロゲートエンドポイントのfeasibilityとperformance(予後・抗腫瘍効果の予測性)
などである。
 しかし、効果を推定した後、従来のglobal standardと比べ、どの程度治療効果が向上していれば第III相試験へ進んで良いかについての基準はない。現在承認されている分子標的治療薬は、いずれも従来から用いられてきた臨床試験のエンドポイントを用いている。メシル酸イマチニブ、ゲフィチニブ、リツキシマブは化学療法無効症例に対する奏効率で、トラスツズマブは比較試験による奏効率、TTPの差で承認されている。ゲフィチニブ以外はその後の第III相比較試験で延命効果も証明されている。このように、分子標的治療薬による明らかな腫瘍縮小は延命効果をもたらし得ると示唆される。

第III相試験
 分子標的治療薬の第III相試験は従来の抗悪性腫瘍薬と同じで、プライマリーエンドポイントはQOLの改善を伴う生存期間の延長であり、比較試験による証明が必要である。数多くの第III相比較試験が様々な分子標的治療薬について行われているが、多くはnegativeデータに終わっている(表3、4)。
表3. Obituary list for the development of target based drugs (I)
Name of drug Marimastat Prinomastat Tanomastat
Mechanism of
action
MMPI MMPI MMPI MMPI MMPI MMPI
Type of
tumor stage
SCLC
ED
Pancreas
advanced
Stomach
advanced
NSCLC
advanced
NSCLC
advanced
SCLC
ED
Phase of study Phase III Phase III Phase III Phase III Phase III Phase III
Reference Proc.ASCO
#11
2001
Proc.ASCO
#730
2000
Proc.ASCO
#929
2000
Proc.ASCO
#1226
2000
Proc.ASCO
#1183
2002
Press
release
表4. Obituary list for the development of target based drugs (II)
Name of drug SU-5416 ZD-1839 OSI-774 Affinitac Trastuzumab Avastin
Mechanism of
action
VEGFR-TKI
EGFR-TKI EGFR-TKI
Anti-sense
to PKC α
Ab against
HER-2
Anti-VEGF
Ab
Type of
tumor stage
Colon
advanced
NSCLC
advanced
NSCLC
advanced
NSCLC
advanced
NSCLC
advanced
Breast
metastatic
Phase of study Phase III Phase III Phase III Phase III Phase III Phase III
Reference Press
release
Ann Oncol
13:#4,#468
2002
Press
release
Press
release
Proc.ASCO
#1185
2002
Press
release
  その原因は、
f-1 対象となった疾患の症例に標的が存在しない
f-2 増殖シグナルの鍵となる標的に作用していない(予測した標的以外に増殖の鍵を握る標的が存在する)
f-3 分子標的治療薬単独による抗腫瘍効果が不十分である
f-4 抗悪性腫瘍薬との併用の場合、drug-drug interactionにより不活化される(抗悪性腫瘍薬と共通の標的に作用する)
などが考えられるが、いずれも推定の域を出ない。無駄な第III相試験を行い、重要かつ限定されたリソースを失う事は何としても避ける必要がある。
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まとめ
   分子標的治療の臨床試験が進むにつれ、予期しなかった事実が数多く明らかにされてきた。
1) 分子標的治療薬はcytostaticで腫瘍縮小を示さないと考えられてきたが、承認された薬剤は全て腫瘍縮小を含む抗腫瘍活性を示した。
2) 分子標的治療薬は併用で効果を示すと考えられてきたが、単独で抗腫瘍活性のある薬剤でも、併用で有効性を証明できない場合もある。
3) 単独で抗腫瘍活性のない分子標的治療薬で有効性の示されたのは、大腸癌に対するanti VEGF Abのみである(表5)。
4) 分子標的治療薬は長期投与が必要と考えられてきたが、治療効果の発現は極めて早い。
5) 分子標的治療薬は毒性が少ないと考えられてきたが、毒性のスペクトラムが従来の抗悪性腫瘍薬と異なり、思いがけない毒性が出現することがある。
 これらの事実をまとめると、現時点で分子標的治療薬の臨床評価法は、そのコンセプトとスクリーニング法、薬力学(pharmacodynamics:PD)としてのtarget effectの評価を除き、そのパラダイムシフトは不要と考えられる(表6)。
表5. Bevacizumab(anti VEGF Ab)prolongs survival in first line CRC phase III trial of bevacizumab in combination with IFL(CPT-11, 5FU, LV)
 
 
  IFL/placebo IFL/BV P value
RR (%) 34.7   44.9     =0.0029
CR (%) 2.2   3.7      
PR (%) 32.5   41.2      
Response duration (Mo) 7.1   10.4     =0.0014
Median survival (Mo) 15.6   20.3     =0.00003
Progression free survival (Mo) 6.2   10.6     <0.00001
IFL:5FU 500 mg/m2, LV 20 mg/m2, CPT-11 125 mg/m2 q 4-6 wks
BV:5 mg/kg q 2 wks
表6. Paradigm shifts of new anticancer drug development
 
1)Concept, Screening
  Paradigm shift  
Seek and destroy
Target and control
Random screening
against tumor
Target-based screening
against tumor specific molecule
2)PK and Surrogate endpoint
  Paradigm shift  
? Target effect
  No Paradigm shift  
PK PK
Tumor shrinkage Tumor shrinkage
Toxicity Toxicity
3)Primary endpoint
  No Paradigm shift  
Survival Survival
  2004年2月発行
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