食道癌に対する放射線化学療法
はじめに / 放射線化学療法の歴史的変遷 / 術前放射線化学療法+手術と手術単独との比較 / 術前放射線化学療法+手術と根治目的放射線化学療法単独との比較 / 放射線化学療法の位置づけ / 放射線化学療法の問題点 / おわりに
はじめに
   わが国における食道癌治療は拡大手術を中心に行われ、欧米に比し良好な治療成績が報告されている。しかし、胃・大腸癌等と比べるとその治療成績は不十分であり、施設間格差や手術侵襲の大きな点、術後QOLの低下などの問題点も多く存在している。一方で、内視鏡的粘膜切除術(EMR)や放射線化学療法の進歩により、近年非外科的治療の成績向上がみられ、食道癌に対しても種々の治療選択肢が挙げられる時代になってきた。現時点においては、患者個々の病期や病状に対する最適な治療法を選択するうえで、各治療法の成績や利点・欠点を十分に理解する必要がある。本稿では、特に放射線化学療法の最近の治療成績を他の治療法との比較を中心に概説し、現状での位置づけについて言及する。
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放射線化学療法の歴史的変遷
   以前より、局所進行例や高齢者、合併症を有するなどの理由により外科手術適応とならない症例に対しては放射線照射が中心的に行われてきた。根治目的での放射線照射単独の治療成績も多数報告されているが、症例背景の問題もありその治療成績は十分とはいえなかった。
 一方、食道癌に対する化学療法は、最も有効とされる5-fluorouracil(5-FU)とcisplatin(CDDP)の併用療法(FP)でも化学療法単独でのcomplete response(CR)率は10%以下と根治を目指すには不十分であった。
 しかし、両者を併用した放射線化学療法はすでに1980年代前半よりその有効性に関する報告がなされ、その後、多くの施設で放射線化学療法の良好な成績が相次いだことから、その有用性が強く認識されてきた。
 特に、米国での放射線療法単独(64Gy)と放射線化学療法(5FU+CDDP+放射線照射50Gy)の比較試験(表1)での5年生存率は各々0%と27%で、明らかに後者が良好であり、さらにその後の追試でも同様の結果が得られたことから放射線化学療法の優位性が決定的となった。また、5年生存率27%は欧米での外科手術にほぼ匹敵する成績であり、食道癌治療において重要な治療選択肢となりうることが示唆された。
 しかし、前述の比較試験で局所再発率は45%と外科治療と比較して高いという問題点が残されたため、次の試験で放射線化学療法における放射線照射総量の標準用量群(50.4Gy)と高用量群(64.8Gy)との無作為化比較試験(表2)が展開された。その結果、高用量群で10%(11例)の治療関連死亡が発現し、標準用量群での2%(2例)に比べ明らかに高く、最終的にMedian survival time(MST)、2年生存率ともに両群に有意差を認めず、むしろ標準用量群の方が良好な傾向を示したことから高用量は推奨できないと報告している。
 放射線化学療法は、術前治療として行う場合と基本的に手術を考えない根治目的の場合があり、両者を明確に分けて考える必要がある。通常術前治療として行う場合は、手術への影響を考慮し放射線照射総量は30〜40Gyに制限され、一方、基本的に非外科的治療として根治目的に行う場合は、50〜60Gyで行われる場合が多い。
   
表1 放射線療法単独と放射線化学療法の比較
報告者
(年)
stage 化学療法 放射線照射
総量(Gy)
症例数 MST(M)

5年生存
率(%)

AL-Aarraf
(1997)
T1〜3,
N0〜1,M0
Control 64 62 9.3 0
CDDP+5-FU 50 60 14.1 27
 
 
表2 根治目的放射線化学療法における放射線照射総量による比較
報告者
(年)
stage 化学療法 放射線照射
総量(Gy)
症例数 MST(M) 治療関連
死亡数
2年生存
率(%)
Minsky, B.D.
(2002)
T1〜4,
N0〜1,M0
CDDP+5-FU 50.4 109 18.1 2 40
CDDP+5-FU 64.8 109 13.0 11 31
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術前放射線化学療法+手術と手術単独との比較
   術前放射線化学療法+手術と手術単独の比較試験はすでに多数の報告がある。Walshらの腺癌を対象とした比較試験では、術前放射線化学療法群が有意に良好な生存期間を示したものの、この試験では手術単独群の成績が低過ぎるとの批判も多い。他の報告では、登録症例数が少ない点(Urbaらの報告)や、術前放射線化学療法が不十分な点(Bossetらの報告)などの問題があるが、両群間の生存成績に有意差はみられていない。さらに最新のBurmeisterらの切除可能例206例(腺癌が61%)を対象とした比較試験でも、同様に術前放射線化学療法併用群の手術単独群に対する生存の優位性は証明されていない。従って、集学的治療法は現時点では未だ実験的治療の段階と位置づけられている。特に、術前放射線化学療法施行時の手術関連死亡率の増加や術後QOL低下の問題もあり、本集学的治療を行うことは慎重を要する。
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術前放射線化学療法+手術と
根治目的放射線化学療法単独との比較
   この形の比較試験は臨床的に極めて興味深いが、侵襲の大きな外科治療を受けるかどうかの選択になることから、Informed consentの取得が困難であるため本格的な比較試験の報告はみられていない。しかし、2002年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)にてフランスから興味深い比較試験が報告された。対象はT3-T4,M0食道癌で、5FU+CDDP+放射線照射46Gyを行った後に、奏効例を放射線化学療法継続群(放射線総量61-66Gy)と外科手術群の2群に分けた無作為化比較試験を展開した。全体で455例の登録があり、2年生存率は放射線化学療法継続群40%、手術群34%と有意差はみられておらず、入院期間や治療後のperformance status(PS)は非手術群の方が良好であったと報告している。本試験では、放射線化学療法で奏効した症例に限っての比較であるため、純粋な術前放射線化学療法+手術と根治目的放射線化学療法単独の全体の比較ではないが、放射線化学療法奏効例での手術の意義は少ない可能性がある。
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放射線化学療法の位置づけ
   早期癌を除く切除可能stageの食道癌に対する根治を目指した治療法は世界的にみて、大きく外科手術単独(+補助化学療法)、術前放射線化学療法+外科手術、根治目的放射線化学療法単独の3つのアプローチがあるが、いずれが標準的治療であるかは、特に近年の放射線化学療法の治療成績向上により混沌とした状況になっている。さらに、欧米では腺癌の急増により腺癌と扁平上皮癌が混在した試験が近年大多数となっていること、手術術式と成績がわが国と欧米で異なることから、欧米での試験結果をわが国での臨床の場に外挿することにも大きな障壁が存在する。
 現在、世界的に最も多く臨床試験として試みられている治療は術前放射線化学療法+手術のtriple modalityであるが、前述のとおり術前放射線化学療法+手術と手術単独との比較では、術前放射線化学療法の優位性はまだ確定していない。また、術前放射線化学療法+手術と根治目的放射線化学療法単独との比較でも大きな差は認められていない。さらに、筆者らの施設でのT2-3,M0症例98例における根治目的放射線化学療法単独(53例)と拡大手術(45例)とのretrospectiveな比較でも、5年生存率は放射線化学療法群45%、拡大手術群50%と大きな差は認められていない。現時点では、わが国においては手術単独が最もデータが多く標準的治療にふさわしいが、根治目的放射線化学療法単独も重要な治療選択肢の一つとして位置づけられるものと考えられ、特に良好な摂食状況が得られる点は大きな利点となる。現在わが国においてもJapan Clinical Oncology Group(JCOG)を中心に種々のstageでの根治目的放射線化学療法のprospective studyを展開中であり、欧米に比べ手術成績が良好とされる中で今後その位置づけが客観的に評価されていくものと考えられる。
 一方、通常切除不能と判断されるT4/M1a症例に対しては、筆者らの施設を中心とした多施設共同第II相試験を展開した。本試験では登録54例中4例(7%)の治療関連死亡がみられたことと、4例の瘻孔形成が問題となったが、CR率33%、3年生存率23%と良好な成績が得られており、このstageの標準的治療となりうる可能性が示唆された。また、治療前瘻孔形成併発例に対しても、放射線照射や化学療法あるいは両者の併用により閉鎖が得られる報告が散見されていたが、当施設での24例の瘻孔併発例に対する放射線化学療法のretrospectiveな成績では17例(71%)で閉鎖が得られており、長期成績でも瘻孔非併発T4症例とほぼ変わりないことから、瘻孔形成例に対しても放射線化学療法が有効である可能性が示唆されている。
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放射線化学療法の問題点
   根治目的放射線化学療法は、食道の温存により良好な摂食状態が得られる利点はあるが、現時点では種々の問題点が存在する。治療成績の向上がみられるとはいえ、特に局所進行期症例での局所制御率は不十分である。今後は、成績向上を目指して放射線照射の改良や陽子線等の粒子線の導入、分子標的治療薬を中心とした新規抗癌剤の導入等が期待されている。同時に局所の遺残・再発例に対する救済手術の適応と安全性の確立も重要となっている。また、毒性に関しては、急性毒性とともに放射線肺臓炎・胸水・心嚢液貯留等の晩期毒性の問題もあり、抗癌剤投与量・放射線照射線量の適正化やスケジュールの改善も必要であろう。良好なQOLを保ちながらいかに治療成績向上を達成するか、その課題はまだ多く、今後のさらなる改良が必要と思われる。
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おわりに
   根治目的放射線化学療法は食道癌治療において治療選択肢の一つとして認識されるべき存在となっている。食道癌は高齢者、合併症を有する症例、経口摂取不良症例が多く、より侵襲が少なくQOLを重視した治療法が求められる場合も多い。当院では患者個々の病期や年齢・合併症等の患者背景に応じて、必要があれば各治療法の成績や利点・欠点を外科医と内科医双方が別個に十分に説明し、最終的には患者の希望を尊重した上で外科・内科・放射線科の合同カンファレンスで治療法を決定している。臨床各科の相互理解と緊密な連携が必要であると同時に、今後は病態に応じた治療法の層別化が進むものと予想される。
 

2002年11月発行

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