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1月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 准教授 砂川 優

膵癌

トランスクリプトームワイド関連解析が新規の膵癌感受性候補遺伝子を同定する


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Jun Zhong, et al.: J Natl Cancer Inst. 112(10): 1003-1012, 2020

 膵癌は米国では3番目、全世界で7番目に多い癌の死因であり、喫煙、糖尿病、肥満、アルコール多量摂取、慢性膵炎、膵癌の家族歴がリスクとされる。遺伝性腫瘍など頻度の稀な疾患の遺伝子変異は、家族内において高率に疾患(形質)を発症する。一方、癌の発症など、低度浸透性遺伝子変異については比較的頻度が高く、一遺伝子による影響を受けにくく、多数の遺伝子変異が疾患発症に関与している。これらの変異については、ゲノムワイド関連解析(GWAS: genome-wide association study)を用いて網羅的に検索することが可能であるが、希少であり、膵癌に関連する遺伝子について知られていることは少ない。

 ある遺伝子異常により、疾患の罹患しやすさが変わる遺伝子を感受性遺伝子という。GWASで検出される感受性遺伝子は、non-coding領域のゲノムに存在し、転写因子などの遺伝子発現をアレル特異的に制御する部位で機能している。これらを前提として、トランスクリプトームワイド関連解析(TWAS: transcriptome-wide association study)では、ある疾患群のGWASのデータに、遺伝子発現値の分かっている集団のデータを統合することで構築され、その疾患の発現に関与する遺伝子を明らかにすることが可能である。この手法は、悪性黒色腫、乳癌、前立腺癌、卵巣癌においてすでに行われている。発現定量的形質遺伝子座(eQTL: expression quantitative trait loci)とは、遺伝子の発現量に影響を与えるDNA領域を指す。今回の膵癌におけるTWASでは、ヨーロッパ人の祖先の正常膵組織の2つのeQTL解析(※注1)のデータを、GWASのデータに統合し、膵癌に関与する発現遺伝子を同定した。

 本研究では、膵正常組織由来の遺伝子発現を網羅的に調査したデータである、National Cancer Institute’s Laboratory of Translational Genomics(LTG)1)と、Genotype-Tissue Expression(GTEx, v7)2)を使用した。80%以上ヨーロッパ人の祖先であるサンプルのみを含めた(LTG: n=95、GTEx: n=174)。一方、膵癌におけるGWASのデータセットは、同様にヨーロッパ人の祖先を対象とした、PanScan I-IIIとPanC43)(※注2)の膵腺癌の9,040例と、対照12,496例で構成された。また、FUSION、MetaXcan、MulTiXcanの解析ツールと、遺伝子発現に関与する遺伝子変異のLTGとGTExのデータにより遺伝子発現予測モデルを作成した。TWASでは、それを膵癌のGWASのデータと統合し、最終的にPanScan I-IIIとPanC4における膵癌に関与する発現遺伝子を同定する手法とした。

 膵癌のTWASにおいて、膵癌リスクに関連する予測された遺伝子発現として、25の遺伝子が同定された。うち、新規に報告されたものは11遺伝子座の14遺伝子であった[1p36.12(CELA3B)、9q31.1(SMC2SMC2-AS1)、10q23.31(RP11-80H5.9)、12q13.13(SMUG1)、14q32.33(BTBD6)、15q23(HEXA)、15q26.1(RCCD1)、17q12(PNMT、CDK12、PGAP3)、17q22(SUPT4H1)、18.q11.22(RP11-888D10.3)、19p13.11(PGPEP1)]。一方、既に報告のあるものは6遺伝子座の11遺伝子であった[5p15.33(TERT、CLPTM1L、ZDHHC11B)、7p14.1(INHBA)、9q34.2(ABO)、13q12.2(PDX1)、13q22.1(KLF5)、16q23.1(WDR59、CFDP1、BCAR1、TMEM170A)]。さらにこのTWASで同定されたそれぞれの遺伝子について、±1Mb範囲において最も統計学的に有意であったGWASで同定されたバリアントで調整したコンディショナル解析(※注3)を行った。TWASで検出された25遺伝子のうち、新規に報告された遺伝子ではPNMT、CDK12、PGAP3の3遺伝子が、既知の遺伝子ではTERT、CLPTM1L、ZDHHC11B、KLF5の4遺伝子が統計学的に有意であった。

 染色体17q12では、隣接したPNMT、CDK12、PGAP3が有意に膵癌と関連のある遺伝子として挙げられた。PNMTPGAP3のGWASのシグナルはCDK12発現でコンディショナル解析を行うと著明に低下し、CDK12の遺伝子発現がこの遺伝子座において大きく影響していることが示唆された。

 染色体5p15.33では、GWASでその遺伝子座における独立した膵癌リスクのシグナルを示した4つのバリアントでコンディショナル解析を行い、うち3つのバリアント(rs31490、rs2736098、rs36115365)において、TERT、CLPTM1LはともにTWASのシグナルの大幅な低下を認め、この遺伝子座ではこの2遺伝子の両方が生物学的に関与していることが示唆された。

 GTExとLTGの正常膵組織のトランスクリプトームデータにおいて、CELA3Bに関するエンリッチメント解析(※注4)を行った。CELA3BはTWASで同定された遺伝子のうち最も高く発現しており、また、遺伝子発現の分布において、四分位群のtop quartileとbottom quartileの差が最も大きく、解析の対象とした。CELA3Bの発現と負の相関を示す項目として、inflammatory response、immune responseが高いシグナルを示しており、CELA3Bの低発現は、膵における炎症状態と関連することが示唆された。

 本研究では、膵癌における感受性遺伝子を同定するため、著者らは正常膵組織のeQTLデータと膵癌のGWASデータを統合し、膵癌リスクに関連する予測された遺伝子発現として25の遺伝子が同定された。うち、11遺伝子は膵癌リスクにかかわる新たな遺伝子として同定され、多くは、DNA修復、染色体形成、細胞分裂などに関与するものであった。ゲノムの安定性を維持する役割をもつSMUG1、RCCD1、CDK12の遺伝子の低発現は、膵癌リスク増加と関連していた。染色体17q12に位置するCDK12(cyclin-dependent kinase 12)は、セリン、スレオニン蛋白キナーゼのサイクリン依存性キナーゼファミリーに属し、DNA損傷反応、スプライシング、mRNA前駆体へのプロセシングなど転写や転写後の過程に関与する。CDK12は、他癌種でも変異が報告されており、腫瘍抑制に働くことが示唆されている。染色体1p36では、GWASにおいても膵癌に関連する遺伝子の既報はない。同染色体に位置するCELA3Bは今回のTWASにおいて同定され、CELA3Bの低発現は膵癌リスクと相関した。この遺伝子はchymotrypsin-like elastase family member 3Bをコードし、消化器機能に関与する。エンリッチメント解析では、CELA3Bの低発現は炎症と相関しており、膵炎のような炎症状態は膵癌においてはリスク増加となる点も興味深い点である。

 TWASは遺伝子発現に影響する遺伝子を同定できる魅力的な方法であり、多重解析の負担を軽減し、リスクにかかわる妥当な遺伝子候補から選出できることは利点である。しかしながら、TWASにより形質にかかわる遺伝子発現の違いを同定しても、それは必ずしも因果関係を意味せず、機能解析によりその機序を理解する必要がある。また、TWASなどの解析において形質のリスクとなる一つの遺伝子のみがシグナルを認める場合でも、実際には同じ遺伝子座にある多数の遺伝子がリスクに関連する遺伝子となっている場合もある。将来的にさらに大規模な膵癌に関するGWASやTWASを行い、遺伝子の同定に関する統計学的検出力の改善が待たれる。

 本研究は、膵癌のリスクにかかわる遺伝学的検討において新たな知見となり、膵癌リスクとなる遺伝子を同定することができた。同定された遺伝子については、さらなる機能解析を行い、膵癌のリスクとなる機序を解明することが期待される。

※注1:eQTL解析
遺伝子発現プロファイリングを組み合わせて、ある形質における遺伝子の発現量に影響を与えるDNA領域を明らかにする解析。疾病など形質に関連する遺伝子や、その発現に影響する調節因子(遺伝子近傍にある調節配列などのシス因子、および遺伝子に結合する転写因子の遺伝子などのトランス因子)を明らかにすることが可能である。

※注2:PanScan I-III、PanC4
それぞれ、Pancreatic Cancer Cohort Consortium、Pancreatic Cancer Case-Control Consortiumの略。PanScan、PanC4では膵腺管癌におけるGWASをヨーロッパ人の祖先を対象に行い、それぞれPanScan I、PanScan II、PanScan III、PanC4と名付けた研究で行われた。

※注3:コンディショナル解析
相関解析の手法の一つ。あるSNPの相関は、常にそのSNPと連鎖不平衡にあるSNPの影響を受ける。この他のSNPからの影響を排除した相関を調べる方法。

※注4:エンリッチメント解析
ある遺伝子リストがあったとき、その中にどのようなタイプの遺伝子が多く含まれているかを調べる解析。遺伝子の生物学的概念の記述である、統一された用語(GO term等)を用いて、遺伝子の機能情報など遺伝子関連情報を記述し、データベースにおいて包括的に用いる。


日本語要約原稿作成:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 梅本 久美子



監訳者コメント:
近い将来に膵癌発症のリスクを層別化することが可能となるか

 膵癌は2021年現在、全がん種のうち最も予後不良ながんであり、国際的に増加傾向にある。その主要な理由は、①検診による早期発見が困難なこと、②切除可能膵癌であっても術後再発率が高いこと、③切除不能膵癌に対する化学療法の有効性が低く全生存期間も短いこと、が挙げられる。これらのうち治癒可能な膵癌を増やすためには、①と②の改善が必要である。特に①においては、全集団を対象とした検診では死亡率を低下させることは困難なため、膵癌ハイリスク形質を絞り込んだ手法の開発が必要と考えられている。現在、家族性膵癌やIPMN既往などの臨床的ハイリスク形質をもつ集団に対し、検診頻度を増加させて早期発見割合を高めようという開発は進行しているものの、発症に関与する低度浸透性遺伝子変異についての知見は十分でないため、遺伝子などによる分子病理学的ハイリスク形質に基づいた検診の手法は応用に至っていない。

 本研究は、疾患と対照ともに1万例規模の大規模なトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS: transcriptome-wide association study)の結果である。膵癌発症に関与するとされる遺伝子発現の詳細は上記日本語要約原稿を参照されたいが、今回同定されたのは新規14遺伝子を含む25遺伝子であった。今後の展望としては、これら遺伝子発現に基づいた膵癌ハイリスク集団への検診手法の確立、遺伝子の機能解析に基づく発癌機序の解明などが期待される。

 膵癌における遺伝子異常としてはKRASTP53などが有名であるが、体細胞変異で発癌後期に関与しており、標的とした有効な治療の開発は不十分である。一方、近年生殖細胞系列BRCA変異に対するOlaparibの有効性が示されるなど、膵癌における遺伝子異常に対する知見の集積や応用も進んできた。今回のような研究で発癌早期に関与する遺伝子発現の解明が進めば、早期発見から死亡率の低下につながる可能性があり有用であるといえる。

監訳・コメント:国立がん研究センター中央病院 肝胆膵内科 大場 彬博

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