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8月
静岡県立静岡がんセンター 消化器内科 医長 山ア 健太郎

胃癌

HER2陽性進行胃癌に対するTrastuzumab Deruxtecan(DS-8201a)の第I相用量拡大試験


Shitara K, et al.: Lancet Oncol. 20(6): 827-836, 2019

 進行胃癌もしくは食道胃接合部癌において20%程度はHER2陽性である1)。HER2陽性進行胃・食道胃接合部癌においてplatinum doubletにTrastuzumabの上乗せ効果があることはToGA試験で証明されており2)、初回治療におけるplatinum doublet+Trastuzumabは標準治療となっている。しかし、Trastuzumab Emtansine(T-DM1:GATSBY試験)やLapatinib(TyTAN試験)などの抗HER2治療は、Trastuzumabによる治療歴がある胃癌においてoverall survival(OS)を改善しえなかった3,4)。乳癌とは対照的に二次治療におけるHER2をターゲットとした治療が胃癌において効果を示さなかった要因としては、胃癌の腫瘍内でのHER2発現が不均一であることが考えられている5,6)。このように、Trastuzumab治療歴があるHER2陽性胃癌患者を対象とした治療はアンメットニーズとしてその開発が求められてきた。

 Trastuzumab Deruxtecan(DS-8201a)は抗HER2抗体TrastuzumabにトポイソメラーゼI阻害薬であるエキサテカン誘導体を結合させた抗体薬物複合体(ADC: antibody-drug conjugate)である。DS8201-aの安全性と効果を探索する目的で第I相試験を行った。

 非盲検、非無作為化の第I相用量漸増・用量拡大試験で米国8施設、日本6施設が参加した。対象はHER2陽性固形腫瘍とした。DS-8201aは5.4mg/kgもしくは6.4mg/kgを、容認できない有害事象および疾患進行を認めるまで3週間毎に投与した。用量拡大試験は5つのコホートに分かれており、Trastuzumab Emtansine治療歴があるHER2陽性乳癌(part 2a)、Trastuzumab治療歴があるHER2陽性胃癌(part 2b)、HER2弱陽性乳癌(part 2c)、HER2陽性もしくは遺伝子変異がある固形腫瘍(part 2d)、乳癌の薬物動態コホート(part 2e)がそれらに相当する。本研究では用量漸増試験と用量拡大試験を併せた中から、HER2陽性(IHC3+もしくはIHC2+かつISH陽性)の進行胃癌もしくは食道胃接合部癌でTrastuzumab治療歴がある症例を対象とし解析を行った。主要評価項目は安全性と抗腫瘍活性、副次評価項目は薬物動態とした(今回の論文には含まれていない)。

 2015年8月28日から2018年8月10日までに274例の患者が登録され、259例の患者がDS-8201a(5.4mg/kgもしくは6.4mg/kg)を投与された。274例のうち44例はHER2陽性の胃癌もしくは食道胃接合部癌であった(3例がpart 1、41例がpart 2b)。19例は5.4mg/kg、25例は6.4mg/kgを投与された。41例(93%)ではデータカットオフ(2018年8月10日)時点で治療中止に至っていた。治療中止の最大の理由はRECISTでの腫瘍増大(32人、73%)であった。治療期間中央値は4.4ヵ月であった。患者の年齢中央値は68歳で、既治療レジメン数は中央値3であった。

 すべての患者において治療関連有害事象を認めた。28例(64%)ではGrade 3以上の有害事象を認め、うち21例(48%)では薬剤関連と考えられた。11例(25%)では重篤な有害事象を認め、うち4例(9%)では薬剤関連と考えられた。治療中止に至った有害事象は6例(14%)でみられ、うち5例(11%)は薬剤関連と考えられた。5例の内訳は、3例が肺臓炎、1例が食思不振、1例が血小板減少である。投与量減量に至った有害事象は7例(16%)でみられ全例で薬剤関連と考えられた。治療関連死亡は2例あり、1例は肺炎、もう1例は原病増悪が死因であった。いずれの症例においても薬剤関連とは判断していない。

 消化器関連、血液関連の有害事象が最も多く認められた。最も頻度が高いGrade 3の有害事象は貧血(13例、30%)、血小板減少(8例、18%)、白血球減少(7例、16%)、好中球減少(9例、20%)であった。

 Grade 2の左室駆出率低下を認めた症例とGrade 3のQT延長を認めた症例が各1例あったが、いずれも回復し試験薬剤投与継続は可能であった。ALT、AST上昇は3例(7%)にみられ、いずれもGrade 1であった。1例ではGrade 1のインフュージョンリアクションを認めた。4例の肺臓炎があり3例はGrade 2、1例はGrade 3であった。うち2例を独立した判定機関においてレビューしたが、1例はDS-8201aに関連した間質性肺炎であったが、もう1例はDS-8201aとは関連を認めなかった。

 44例全例において治療効果判定を行うことができた。観察期間中央値は5.5ヵ月であった。19例(43.2%)で奏効を認め(CR:0例、PR:19例)、35例(79.5%)で病勢制御を認めた(主治医判定)。奏効までの期間中央値は1.4ヵ月(95% CI: 1.3-1.6)、奏効持続期間の中央値は7.0ヵ月(95% CI: 4.4-16.6)であった。無増悪生存期間中央値は5.6ヵ月(95% CI: 3.0-8.3)、全生存期間中央値は12.8ヵ月(範囲:1.4-25.4)であった。5.4mg/kgを投与された19例中6例(31.6%)で奏効を認め、6.4mg/kgを投与された25例中13例(52.0%)で奏効が得られた。Post hoc解析ではあるがIrinotecan投与歴がある24例中10例(41.7%)で奏効を認め、19例(79.2%)で病勢制御を認めた。

 投与開始6週間以内での評価において腫瘍縮小(ベースラインから30%未満の縮小も含む)は44例中35例(80%)で認められた。

 Trastuzumab既治療例におけるDS-8201aの安全性に関しては忍容可能であることが示された。またサンプルサイズの小さい第I相試験ではあるものの、前治療歴が複数レジメンある胃癌症例に対しても一定の効果が得られ、あくまでpost hocサブグループ解析ではあるが、Irinotecan投与歴がある症例においても効果がある可能性が示された。

 Trastuzumab DeruxtecanはHER2陽性胃癌を対象として第II相試験が行われているが、この試験ではHER2発現が低い胃癌症例もコホートに含まれている。また乳癌領域でも治験が進められている。このような試験の結果が発表され、Trastuzumab DeruxtecanがTrastuzumab治療歴のあるHER2陽性胃癌に対する新しい治療選択肢となることが期待される。


日本語要約原稿作成:大阪国際がんセンター 腫瘍内科 久野 育美



監訳者コメント:
HER2陽性胃癌においてTrastuzumabに続く第二の抗HER2療法は確立されるのか

 現状、胃癌における抗HER2療法で唯一生存期間延長を示すことができた薬剤がTrastuzumabである。

 HER2陽性乳癌においてはHER2を標的とした薬剤を2剤併用するTrastuzumab+Pertuzumab+Docetaxel療法が初回標準治療になっており、また、一次治療でTrastuzumabを含むレジメンで治療し病勢増悪が確認された際の二次治療においてはTrastuzumab Emtansine(T-DM1)が推奨されているが、これらの治療法は残念ながら胃癌においては有効性が示されていない。これまでTrastuzumab以外の薬剤が胃癌において有効性を示せなかった理由としては、さまざまな原因が考えられるが、その大きな要因の一つが胃癌におけるHER2 heterogeneityであろう。

 本試験におけるTrastuzumab DeruxtecanはTrastuzumabにエキサテカン誘導体を結合させたものであり、これは同じトポイソメラーゼI阻害薬であるSN-38(Irinotecanの活性代謝物)よりも強力な阻害作用をもつとされる。抗HER2抗体に殺細胞性薬剤を結合させるというコンセプトはT-DM1も同じであるが、本剤はその作用機序に加えてバイスタンダー効果、すなわちHER2陽性細胞のみならず周囲の(HER2陰性細胞を含む)癌細胞にまで効果を及ぼすことがプレクリニカルには確認されており、このことがHER2 heterogeneityが大きな壁となって我々の前に立ちはだかってきた胃癌においては重要な役割を果たすと期待されている。本試験はあくまでphase I試験であり、本試験における奏効率をそのまま鵜呑みにはできないが、40%近い奏効割合はやはり期待を抱かずにはいられないし、現在進行中の第II相試験(DS8201-A-J202)ではphysician’s choice(IrinotecanまたはPaclitaxel)に対するTrastuzumab Deruxtecanの奏効割合の優越性をみるデザインとなっており、その結果を待ちたい。

  •  1) Van Cutsem E, et al.: Gastric Cancer. 18(3): 476-484, 2015 [PubMed]
  •  2) Bang YJ, et al.: Lancet. 376(9742): 687-697, 2010 [PubMed]
  •  3) Satoh T, et al.: J Clin Oncol. 32(19): 2039-2049, 2014 [PubMed]
  •  4) Thuss-Patience PC, et al.: Lancet Oncol. 18(5): 640-653, 2017 [PubMed]
  •  5) Rüschoff J, et al.: Mod Pathol. 25(5): 637-650, 2012 [PubMed]
  •  6) Stahl P, et al.: BMC Gastroenterol.15: 7, 2015 [PubMed]

監訳・コメント:大阪国際がんセンター 腫瘍内科 工藤 敏啓

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