論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

最新の論文紹介一覧へ
2009年1月〜2015年12月の論文紹介
2003年1月〜2008年12月の論文紹介

9月
監修:国立がん研究センター東病院 消化管内科 谷口 浩也

胃癌

腹膜播種を有する胃癌患者に対するPaclitaxelの腹腔内・経静脈投与とS-1の併用療法vs. S-1とCisplatinの併用療法の第III相比較試験:PHOENIX-GC試験


Ishigami H, et al.: J Clin Oncol. 36(19): 1922-1929, 2018

 近年の全身化学療法の発展にもかかわらず腹膜播種を有する胃癌患者の予後は依然として不良である。一般的に他の遠隔転移を有する胃癌患者と同様に全身化学療法が行われるが全身投与された薬剤は腹膜に少量しか到達しないとすれば、腹膜に直接薬剤を到達させることができる腹腔内化学療法は理にかなっていると考えられる。補助化学療法としての腹腔内化学療法に関する1件のメタアナリシスが延命効果を示しており1)、減量手術と腹腔内温熱化学療法の併用についても有効性が示されている2,3)。本試験では腹膜播種を有する胃癌患者に対して、日本の標準治療であるS-1+Cisplatin併用療法(SP)との比較により、Paclitaxel(PTX)の腹腔内および経静脈投与とS-1の併用療法(IP)の安全性と有効性を検証することを目的とした。

 対象は病理学的に証明された胃腺癌の腹膜播種を有する患者で、未治療または増悪のない2ヵ月未満の化学療法歴、年齢は20歳から74歳、ECOG PS 0または1、経口摂取と臓器機能が保たれている症例とした。腹膜以外の遠隔転移もしくは卵巣転移を有する症例、緩和的な切除術の治療歴がある症例、頻回のドレナージを要する大量腹水症例は除外された。

 患者は施設、前治療歴の有無、腹膜播種の程度(P1 vs. P2/P3)などを層別因子として2:1の比率でIP群とSP群に無作為に割り付けられた。腹膜播種は胃癌取り扱い規約にしたがってP1、P2、P3に分類した。

 事前の審査腹腔鏡、試験開腹、もしくは画像により確認された腹膜播種を有する患者が無作為に割り付けされ、IP群に割り付けられた場合にはその後、腹腔内ポート埋め込み術が行われた。

 IP療法はday 1とday 8にPTX 20mg/m2の腹腔内投与とPTX 50mg/m2の経静脈投与、さらにday 1からday 14まで1日80mg/m2のS-1内服を3週1サイクルで行うものとした。SP療法はday 8にCisplatin 60mg/m2の経静脈投与とday 1からday 21まで1日80mg/m2のS-1内服を5週1サイクルで行うものとした。プロトコール治療は病勢増悪、許容できない毒性、担当医判断、もしくは患者の同意撤回があるまで継続された。腹腔内化学療法をSP群の治療後に受けることは禁止された。

 主要評価項目は患者登録終了から2年のフォローアップ後の全生存期間(OS)とした。副次評価項目は奏効率、3年フォローアップ後の3年生存率、安全性とした。奏効はRECIST ver1.1により評価された。有害事象はCTCAE ver4.0により評価された。また、化学療法への反応を(腹膜播種の活動性を示唆する)腹水量や細胞診などから探索的に評価した。

 本試験はIPのSPに対するOSにおける優越性を検証する目的でデザインされた。両側α=0.05、検出力90%のlog-rank検定での解析を想定し対象症例数は180人と設定した。有効性解析は無作為に登録された適格患者で割り付けられた治療を受けた患者(full analysis set: FAS)について行われた。安全性解析については治療を受けた患者全員(all-patients-treated set: APTS)を対象に行われた。OSに対する感受性解析はAPTSとプロトコール違反のない患者(per-protocol set: PPS)を用いて行われた。フォローアップ期間、治療期間、相対用量強度はAPTSを用いて解析された。

 2011年10月から2013年11月までの期間に日本国内20施設から183人の患者が登録された。打ち切り症例の観察期間中央値は30.1ヵ月(四分位範囲[IQR]25.9-36.5ヵ月)であった。治療継続期間中央値はIP群で39週(IQR: 27-81週)、SP群で15週(IQR: 10-30週)であった。相対用量強度中央値はIP群の腹腔内投与のPTX、経静脈投与のPTX、S-1でそれぞれ89.9%(IQR: 80.8-96.8%)、87.2%(IQR: 77.2-95.2%)、84.6%(IQR: 73.3-93.5%)、SP群のCisplatin、S-1でそれぞれ94.6%(IQR: 82.5-100%)、92.1%(IQR: 81.4-96.8%)であった。1年追加された観察期間を含む解析では観察期間中央値は41.7ヵ月(IQR: 37.0-48.0ヵ月)であった。

 プロトコール治療を受けた後で169人中5人が不適格となったため有効性解析対象のFASは164人となった。患者背景はIP群でより腹水が多い症例が多かった点を除けば両群間でバランスはとれていた。

 生存期間中央値はIP群で17.7ヵ月(95% CI: 14.7-21.5ヵ月)、SP群で15.2ヵ月(95% CI: 12.8-21.8ヵ月)であった(HR=0.72、95% CI: 0.49-1.04、p=0.080)。3年生存率はIP群で21.9%(95% CI: 14.9-29.9%)、SP群で6.0%(95% CI: 1.6-14.9%)であった。奏効率はIP群で53%(9/17、95% CI: 31-74%)、SP群で60%(3/5、95% CI: 12-77%)であった(p=1.0)。後治療でのプロトコール違反患者を除くPPSにおいては、生存期間中央値はIP群で17.7ヵ月(95% CI: 14.7-21.5ヵ月)、SP群で14.3ヵ月(95% CI: 12.1-17.7ヵ月)であった(HR=0.64、95% CI: 0.43-0.94、p=0.022)。FASを用いたベースラインの腹水量を調整した追加解析ではOSはSP群よりもIP群で有意に長かった(調整HR=0.59、95% CI: 0.39-0.87、p=0.008)。

 OSに関するサブグループ解析では治療効果と腹水量の間で有意な相関関係を認めた。腹水量に関する解析ではIP群のほうがより良い奏効が得られたことが示された。腹水細胞診が登録時に陽性だったのはIP群で114人中93人(82%)、SP群で40人中31人(78%)であった。それら陽性症例のうち治療期間中に1回でも再評価がなされた患者において、IP群では91人中69人(76%)、SP群で9人中3人(33%)が腹水細胞診の陰性化を認めた。

 安全性について、両群で共通して認められたgrade 3もしくは4の有害事象は白血球減少、好中球数減少、貧血、食欲不振であった。Grade 3-4の白血球減少(25% vs. 9%、p=0.023)、好中球数減少(50% vs. 30%、p=0.028)はIP群でより多く認められた。非血液毒性はいずれも忍容できるものであり両群で差は認めなかった。ポート関連の有害事象は116人中7人(6%)に8件認められた[感染(n=3)、カテーテル閉塞(n=3)、皮下血腫(n=1)、カテーテルと小腸の瘻孔形成(n=1)]。それらすべての患者はポート抜去(n=5)もしくは保存的加療(n=2)により回復した。予期せぬ重篤な有害事象やプロトコール治療関連死亡も認めなかった。

 有効性解析の結果は両群のベースラインのimbalance(当初10-20%程度の割合と想定されていたP1症例が4%しか認められず均等な割り付けを困難にした)とクロスオーバー(SP群の6人がSP療法後に腹腔内化学療法を受け、さらに他の6人で治療前同意撤回があった)により影響を受けており、それらを調整した探索的解析ではOSについてHR=0.59(95% CI: 0.39-0.87)を示しており、有効性の評価については考慮されるべきものである。

 結論として、本試験は標準治療であるSP療法に対して腹腔内PTXと全身化学療法の併用療法のOSにおける統計学的優越性を示すことはできなかった。しかし、探索的解析の結果から胃癌に対する腹腔内PTX療法は臨床的に有益である可能性が示唆された。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 消化管内科 八木澤 允貴



監訳者コメント:
SP療法に対するIP療法の有効性は示せず

 本試験は、腹膜播種を有する胃癌患者において、標準治療であるSP療法に対して、IP療法の有効性・安全性を検証した世界で初めての臨床試験である。結果は、primaryの解析で統計学的な優越性が示せなかった点から、残念ながらnegative試験としての位置づけとなる。ただし、腹水量でのsubgroup解析では大量腹水例でIP療法の有効性が示唆されている点、3年時点の生存率がIP群で明らかに良好である点、細胞診の陰転化割合もIP療法で高い点など、IP療法には一定以上の効果があることは間違いがなさそうである。一方で、優越性を示す第III相試験にしてはやや症例数も少なく、IP群の中にIP療法前に全身化学療法を行った症例が含まれていることなどは、統計学的な設定や、試験デザインに関してはやや疑問は残るといえる。

 現在、免疫チェックポイント阻害薬、多くの分子標的薬の治験・臨床試験が進行しており、それらの新たな薬剤開発が重要なことは言うまでもないが、予後不良な胃癌の成績の向上には、本研究で行われたような全く新しい治療modalityの開発も重要であろう。本試験の結果をもって、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で審査されたが、残念ながら「既存の療法に比べて明らかに優れている」とまでは言えないと判断されている。本治療法が、保険適応を目指した標準治療となるには道のりが長そうであるが、本試験に携わったinvestigatorとしては確かに有効である症例がいることも経験しており、今後の展開に是非期待したい。

  •  1) Yang S, et al: Sci Rep. 5: 12538, 2015 [PubMed]
  •  2) Glehen O, et al: Ann Surg Oncol. 17(9): 2370-2377, 2010 [PubMed]
  •  3) Sugarbaker PH: Cancer Treat Rev. 48: 42-49, 2016 [PubMed]

監訳・コメント:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 成田 有季哉

論文紹介 2018年のトップへ

このページのトップへ
MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc
Copyright © MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc. All Rights Reserved

GI cancer-net
消化器癌治療の広場