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2009年1月〜2015年12月の論文紹介
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12月
監修:静岡県立静岡がんセンター 消化器内科 医長 山ア 健太郎

乳癌 胃癌 食道癌

進行乳癌、胃腺癌、胃食道接合部癌患者に対するTrastuzumab Deruxtecan(DS-8201)の第I相用量漸増試験


Doi T, et al.: Lancet Oncol. 18(11): 1512-1522, 2017

 HER2は、上皮成長因子受容体に類似した構造をもち、いくつかの癌種で過剰発現しており、腫瘍細胞の増殖、癒着、遊走、識別、アポトーシスなどに関わっている1)。HER2遺伝子過剰発現は、乳癌の15〜20%で認め、予後不良因子となっている。また、進行胃癌の約20%で報告されているが2,3)、予後との関連は不明である。HER2免疫組織化学染色(IHC:immunohistochemistry)3+、及びIHC 2+かつISH陽性乳癌では、Trastuzumab、Lapatinib、Perutuzumab4)、T-DM15,6)などの抗HER2抗体薬による治療の有効性が示されている。HER2過剰発現胃癌に対する抗HER2治療として承認されているものは、第III相のToGA試験7)で有効性が示されたTrastuzumabのみである。さらに、IHC 2+かつISH陰性やIHC 1+のようなHER2低発現例に対する有効な抗HER2治療は認められていない8)

 抗体薬物複合体(ADC:Antibody-drug conjugate)とは、抗原特異的な抗体、リンカー、殺細胞薬で構成されており、殺細胞薬を腫瘍細胞に特異的に届けることで抗腫瘍効果を示す構造となっている。抗HER2抗体であるTrastuzumabのADCであるT-DM1はHER2陽性進行乳癌においてLapatinibとCapecitabine治療や主治医選択の治療と比較して第III相試験で生存の延長やQOLの改善が認められている5,6)

 DS-8201はTrastuzumab DeruxtecanのADCであり、トポイソメラーゼI阻害剤(DXd:Deruxtecan)と、抗HER2抗体(モノクローナルIgG1)を用いている。

 今回、DS-8201の安全性と忍容性を探索する目的で第I相試験を施行した。

 試験全体は用量漸増コホートと拡大コホートの2つのパートから成っており、本試験は、日本で2施設が登録した、多施設共同非盲検、用量漸増の第I相試験であった。拡大コホートは、現在日本と米国で進行中である。

 対象は、20歳以上でHER2発現の進行乳癌、胃腺癌、胃食道接合部癌の患者であり、ECOG PS 1以下、LVEF 50%以上でRECIST ver1.1で評価可能な病変を有する症例が適格とされた。心電図でQT間隔延長のある症例やCYP3A4阻害剤を使用している症例は除外された。DS-8201は0.8 mg/kgから8.0 mg/kgまで3+3デザインで順次投与された。初期投与量の0.8 mg/kgはカニクイザルでの投与量8)をもとに計算された。用量制限毒性は1回目のDS-8201投与後1サイクル(day 1-21)の間の有害事象で評価された。容認できない有害事象および疾患の進行を認めるまで、3週間ごとに投与を繰り返した。

 主要評価項目は、安全性と忍容性、最大耐量の決定と第II相試験での推奨投与量の決定とし、副次的評価項目は、薬物動態や抗腫瘍活性とした。

 2015年8月28日から2016年8月26日まで、24人の患者が登録され、DS-8201の治療を受けた。抗HER2治療を受けたことのある18例のうち17例(94%)は病勢進行で治療を中止していた。0.8、1.6、3.2、8.0 mg/kgを投与された患者は3例ずつ、5.4 mg/kg、6.4 mg/kgを投与された患者は6例ずつであった。2017年2月1日時点で、心毒性や死亡などの重篤な用量制限毒性は認めなかった。1例は標的病変が不十分であったため、抗腫瘍活性の解析から除外した。Grade 3の有害事象は17例で認められ、最も高頻度なものはリンパ球数減少(3例)と好中球数減少(2例)であった。Grade 4の有害事象は、5.4 mg/kgのコホートで貧血を1例認めたのみであった。その他の重篤な有害事象として、発熱性好中球減少症、腸管穿孔、胆道炎を1例ずつ認め、発熱性好中球減少症は5.4 mg/kgでday 81に、腸管穿孔は8.0 mg/kgでday 136に、胆道炎は6.4 mg/kgでday 131に認めた。24例中9例で減量が行われ、12例でDS-8201の投与を中止した。治療を中止した理由は、疾患の進行が9例、有害事象が3例であった。そのうち2例は薬剤関連有害事象と考えられ、1例は6.4 mg/kgコホートで血小板数減少、もう1例は8.0 mg/kgコホートで肺炎が認められた。用量と有害事象の発現に明らかな相関関係は認めなかったが、0.8、1.6、3.2 mg/kgコホートと比較して、高用量のコホートではgrade 3以上の有害事象が高頻度である傾向が認められた。

 血中濃度の薬物動態分析では、用量が増加するにつれてDS-8201の半減期も増加する傾向が明らかとなった。

 良好な抗腫瘍活性を認めたのは、HER2 IHC 3+、かつ3.2 mg/kgより高用量なコホートの患者であった。IHC 1+/IHC 2+かつISH陰性の2例でも奏効例を認めた。T-DM1治療歴のある13例やHER2低発現の6例を含む評価可能な23例のうち、10例で奏効を認めた(43%、95%信頼区間:23.2-65.5)。病勢制御は23例中21例で認め(91%、95%信頼区間:72.0-98.9)、観察期間中央値は6.7ヵ月(IQR:4.4-10.2)であった。Trastuzumab治療歴のある17例のうち9例で奏効を認め(53%、95%信頼区間:27.8-77.0)、病勢制御を16例で認めた(94%、95%信頼区間:71.3-99.9)。T-DM1治療歴のあるHER2陽性乳癌患者では、12例中7例で奏効を認め(58%、95%信頼区間:27.7-84.8)、病勢制御は全例で認められた(100%、95%信頼区間:73.5-100.0)。Trastuzumab治療歴のあるHER2陽性胃癌では4例中2例で奏効を認め、全例で病勢制御を認めた。

 試験終了時点で、24例中11例が6ヵ月以上治療を継続しており、3例では1年以上投与を継続していた。奏効を認めた10例中9例(90%)は5.4 mg/kg以上の用量であった。奏効を認めた10例において、奏効までの期間の中央値は12.1週(95%信頼区間:3.0-12.4)であった。無増悪生存期間はまだ到達しておらず、12例は現在も治療継続中である。

 本試験では、T-DM1あるいはTrastuzumab既治療例や、HER2低発現例においても抗腫瘍活性を認めた。LapatinibやT-DM1など抗HER2治療で生存の延長が示されなかった胃癌患者に対して、DS-8201はHER2低発現でも有効であることが示唆された。抗腫瘍活性や安全性が示唆された要因として、T-DM1が1抗体につき3.5個の殺細胞薬が結合している9)のに対して、DS-8201では7〜8個の殺細胞薬が結合していることなどが挙げられる。

 DS-8201の最大耐量には到達せず、前治療歴のある患者において、DS-8201はHER2高発現例だけでなく、HER2低発現例に対しても抗腫瘍活性を認めた。本試験の結果をもとに、第II相試験での推奨投与量は5.4 mg/kgまたは6.4 mg/kgと決定され、現在第II相試験が進行中である。


日本語要約原稿作成:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 加藤 恭子



監訳者コメント:
DS-8201はHER2陽性乳癌、胃癌に対して有効な治療選択肢の可能性あり

 HER2陽性乳癌では、Trastuzumab、Lapatinib、Pertuzumab、T-DM1などの抗HER2抗体薬による治療の有効性が示されている。一方でHER2陽性胃癌においてはTrastuzumabのみが標準治療として確立されている。本試験は、DS-8201単剤療法の安全性、有効性を探索した本邦で行われた第I相試験であり、HER2陽性乳癌、胃癌に対するDS-8201に関する初めてのエビデンスとなった。評価可能な23例のうち、病勢制御率は91%であり、実際に本文中のwaterfall plotを見ると、少なくとも19例で何らかの腫瘍縮小が得られている。また、T-DM1治療歴のある乳癌患者での奏効率は58%、Trastuzumab治療歴のある胃癌での奏効率は50%であり、既存の抗HER2療法後にも効果が認められる可能性が示唆されることから、有効性が期待される薬剤と考えられる。

 忍容性に関しては、忍容可能と結論付けられている。ただし、発熱性好中球減少症、腸管穿孔、胆道炎を1例ずつ認めていることから、その毒性プロファイルは今後の第II相試験における報告も合わせて判断することとなる。

 いずれにしても、現在、乳癌や胃癌だけでなく、HER2陽性の他癌種も含んだ第II相試験が進行中であり、迅速に臨床現場に届くことを期待したい。

  •  1) Gravalos C, et al.: Ann Oncol. 19(9): 1523-1529, 2008 [PubMed]
  •  2) Van Cutsem E, et al.: Gastric Cancer. 18(3): 476-484, 2015 [PubMed]
  •  3) Janjigian YY, et al.: Ann Oncol. 23(10): 2656-2662, 2012 [PubMed]
  •  4) Baselga J, et al.: N Engl J Med. 366(2): 109-119, 2012 [PubMed]
  •  5) Verma S, et al.: N Engl J Med. 367(19): 1783-1791, 2012 [PubMed]
  •  6) Krop IE, et al.: Lancet Oncol. 15(7): 689-699, 2014 [PubMed]
  •  7) Bang YJ, et al.: Lancet 376(9742): 687-697, 2010 [PubMed]
  •  8) Ogitani Y, et al.: Clin Cancer Res. 22(20): 5097-5108, 2016 [PubMed]
  •  9) Poon KA, et al.: Toxicol Appl Pharmacol. 273(2): 298-313, 2013 [PubMed]

監訳・コメント:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 成田 有季哉

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