論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

最新の論文紹介一覧へ
2009年1月〜2015年12月の論文紹介
2003年1月〜2008年12月の論文紹介

7月
監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也

悪心 嘔吐

化学療法誘発性悪心・嘔吐の予防に対するOlanzapine


Rudolph M, et al.: N Engl J Med. 375(2): 134-142, 2016

 化学療法誘発による悪心・嘔吐(Chemotherapy-induced nausea and vomiting: CINV)は、がん治療において主要な有害事象であり患者のQOLの低下と関連している1)。5HT3拮抗薬・Dexamethasone・ニューロキニン(NK1)受容体拮抗薬の組み合わせによる制吐療法は、悪心・嘔吐を改善することが報告されており、国内外のガイドライン2-4)に記載されているが、悪心についてはいまだ多くの患者に対して重要な問題として存在する。Olanzapineはドーパミン・セロトニン・アドレナリンα1、ヒスタミンH1の各受容体をはじめ、多数の神経物質受容体に対する拮抗作用を示す非定型抗精神病薬であり5,6)、第III相試験において、Olanzapineと標準的制吐療法を併用することでCINVの改善が報告されている7-9)。しかしながら、これらの臨床試験は単施設での検討でありOlanzapineによる制吐効果を十分に立証しているとは言い難い。そこで、本試験は無作為化二重盲検多施設共同試験としてOlanzapineのCINVに対する制吐効果を検討したものである。

 対象は18歳以上の化学療法未治療のがん患者で、高度催吐性化学療法(Cisplatin≧70mg/m2または、Doxorubicin 60mg/m2+Cyclophosphamide 600mg/m2)が予定されており、PS 0-2、血清クレアチニン2.0mg/dL未満、AST/ALT 3.0×ULN未満、好中球数1500/μL以上、登録の24時間以内に悪心・嘔吐がなく、認知障害・中枢神経障害の既往・他の非定型抗精神病薬の服用がなく、治療と同時に腹部放射線療法を受けない者、キノロン系抗菌薬を使用せず、慢性アルコール依存症でなく、Olanzapineのアレルギー歴がなく、不整脈・コントール不良の心不全などの既往が6カ月以内にない者、またコントール不良な糖尿病でない患者であった。

 すべての被験者には化学療法施行day1に5HT3拮抗薬(Palonosetron 0.25mg静注、Granisetron 1mg静注または2mg内服、Ondansetron 8mg静注または内服のいずれか)に加え、Dexamethasone 12mg内服とNK1受容体拮抗薬が投与され、day2,3,4にDexamethasone 8mg内服が投与された。加えてday1-4にOlanzapine 10mgまたはプラセボが投与された。

 被験者に対して化学療法開始後day1-5において、悪心状況を10段階で評価することに加えて有害事象(CTCEA ver.4.0)と鎮静・食欲増加について10段階の評価を行った。

 主要評価項目は悪心制御(悪心の10段階評価の0)とし、0-120時間を全期間、0-24時間を早期、25-120時間を遅発期と定義した。

 副次的評価項目は嘔吐完全制御(嘔吐がなく、追加の制吐療法の使用もなし)および有害事象とした。過去の臨床試験10)プラセボ群における悪心制御率を約40%と仮定し、Olanzapine群において17.5%の頻度の上昇を期待して、両側α=0.05、検出力90%にて必要サンプルサイズを検討したところ332名が必要であり、必要症例数は338名とした。

 2014年8月〜2015年3月の期間において米国の46施設で計401名が登録され、そのうち380名の患者について、プラセボ群に188名、Olanzapine群に192名が割り付けされた。

 患者背景については両群において大きな違いはなく、年齢の中央値は約57歳で、女性が約72%であった。乳癌に対するDoxorubicin+Cyclophosphamide療法が約64%を占め、肺癌(約13%)などに対するCisplatin併用化学療法は約36%であった。使用された5HT3拮抗薬はPalonosetronが約75%であり、次いでOndansetron(約24%)、Granisetron(約0.5%)であった。PSは0/1/2がそれぞれ約77/21/1%であった。

 主要評価項目である悪心制御の割合はOlanzapine群のほうがプラセボ群と比較して、化学療法後24時間で74% vs. 45%(p=0.002)、25-120時間で42% vs. 25%(p=0.002)、0-120時間では37% vs. 22%(p=0.002)といずれにおいても有意に高かった。

 また、この結果は悪心の評価を臨床的問題となりうる10段階中3未満を悪心なしと定義しても、悪心制御の割合はOlanzapine群のほうがプラセボ群と比較して、化学療法後24時間で87% vs. 70%(p=0.001)、25-120時間で72% vs. 55%(p=0.001)、0-120時間では67% vs. 49%(p=0.001)といずれにおいても有意に高かった。

 副次的評価項目の嘔吐完全制御についても、すべての期間についてOlanzapine群のほうが有意に高く、化学療法後24時間で86% vs. 65%(p<0.001)、25-120時間で67% vs. 52%(p=0.007)、0-120時間では64% vs. 41%(p<0.001)であった。

 Grade 3の有害事象はOlanzapine群で疲労と高血糖を各1例、プラセボ群で腹痛と下痢を各1例認め、grade 4はOlanzapine群で3例が報告され、うち2例は血液毒性であった。Grade 5の有害事象は認められなかった。

 また、Olanzapine群においては、プラゼボ群と比較しday2に鎮静(5%は重症)が増加した。この望ましくない鎮静によって治療を中止した患者はいなかったため、Olanzapineはday3,4と継続したにもかかわらず、この鎮静はday3-5においてプラセボ群と同程度になった。望ましくない食欲増加については、両群ともday2-5の期間中において有意な違いは認められなかった。

 以上のように、化学療法による治療歴がない患者に高度催吐性化学療法を行う際に従来の標準療法である5HT3拮抗薬・Dexamethasone・NK1受容体拮抗薬の組み合わせにOlanzapineを併用することで、プラセボと比較して、悪心・嘔吐に対する予防効果が有意に改善したことが示された。


日本語要約原稿作成:愛知県がんセンター中央病院 薬剤部 前田 章光



監訳者コメント:
化学療法誘発性悪心・嘔吐におけるOlanzapine

 悪心・嘔吐はがん薬物療法に伴う代表的な副作用であり、米国臨床腫瘍学会(ASCO)2)、国際がんサポーティブケア学会(MASCC)/欧州臨床腫瘍学会(ESMO)11)、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)、日本癌治療学会からそれぞれ制吐薬のガイドラインが発表されている。キーとなる制吐薬は、セロトニン(5-HT3)受容体拮抗薬(主にPalonosetron、以下P)、ニューロキニン-1(NK-1)受容体拮抗薬(主にAprepitant、以下A)、ステロイド(主にDexamethasone、以下D)の3種類である。

 今回の報告ではこの3剤(APD)に加えてOlanzapine(以下O)を併用することで、悪心制御(悪心の10段階評価の0)と嘔吐完全制御(嘔吐がなく、追加の制吐療法の使用もなし)の有意な改善を認めた。

 以前に報告されたAPDとOPDの比較試験では、嘔吐完全制御は同等の効果であり、悪心制御はOPDで良好な成績であった10)。OPDでは悪心制御は急性、遅発性、全体でそれぞれ87%、69%、69%であり、嘔吐完全制御は急性、遅発性、全体でそれぞれ97%、77%、77%であった。試験間での成績の単純な比較は困難だが、OPDは今回の試験のAPD+Oよりもむしろ良好な成績であった。安価なOlanzapineと比較して、高額なAprepitantを省略できる可能性が考えられ、OPD±Aという比較試験が行われることを期待したい。

 本邦でも、2017年6月に厚生労働省からOlanzapineを化学療法に伴う悪心・嘔吐に対して使用した場合に、保険適用の対象とすることが周知された。原則として他の制吐薬と併用し、1サイクルにつき6日間までの投与が目安となっている。

  • 関連リンク
    副作用対策講座「悪心・嘔吐
  • 監訳・コメント:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 本多 和典

    論文紹介 2017年のトップへ

このページのトップへ
MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc
Copyright © MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc. All Rights Reserved

GI cancer-net
消化器癌治療の広場