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2009年1月〜2015年12月の論文紹介
2003年1月〜2008年12月の論文紹介

6月
監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也

膵癌

早期膵癌の血中循環エクソソーム由来DNAにおけるKRAS変異


Allenson K, et al.: Ann Oncol. 28(4): 741-747, 2017

 膵管腺癌(以下PDAC)は早期検出が困難であり1)、5年生存率6%と予後不良だが2,3)、最良の条件下で早期に切除を行うことで5年生存率は24〜29%に改善する3-5)。早期検出および予後予測のために、タンパク質、DNA、RNAにおけるバイオマーカーが検討されているが6)、PDACは組織採取が困難なことから血液ベースのliquid biopsyが有望であると考えられている。血中循環腫瘍DNA(ctDNA)およびKRAS変異は以前より検討されており7-15)、ctDNAは早期で48%、進行期で77%検出されたことが報告されている16)

 最近は他のリザーバーとしてエクソソームが同定されている17-19)。エクソソームは細胞内の特定の生合成経路に由来する、脂質二重膜からなる40〜150nmの小胞で20)、細胞間コミュニケーションに関わっており21,22)、内包されるタンパク質、DNA、RNAは腫瘍特異的であると考えられている17,19)。そこで、膵癌の診断および治療選択におけるctDNAあるいは血中循環DNA(cfDNA)の相補としてのエクソソーム由来DNA(exoDNA)の有用性について検討された。

 対象は、探索コホートとして、2003年〜2010年の間にMD Anderson Cancer Centerで収集された全stageのPDAC患者68例に加え、切除可能*と診断され切除されたPDAC患者20例、年齢の一致した健常者54例。検証コホートとして、IARC(International Agency for Research on Cancer)を通して登録された早期PDAC患者39例、年齢の一致した健常者82例であった。

 エクソソームの平均粒子サイズは健常者に比べてPDAC患者で大きかったが、特に進行症例で大きく、平均粒子サイズは141〜220nmであった。探索コホートによりエクソソーム濃度(血漿1mLあたりのエクソソームの数)のカットオフ値は5.0×109とされ、エクソソーム濃度高値例は低値例と比べて予後不良であった。

 探索コホートでは、exoDNAにおけるKRAS変異は、切除可能例66.7%、局所進行例80%、転移例85%に認められた。一方、健常者では7.4%に認められ、PDAC予測のための感度は75.4%、特異度は92.6%であった。exoDNAにおけるKRAS変異状況は早期PDACと有意な関連を認め(p<0.001)、早期PDAC例は健常者と比較してKRAS変異を8.17倍認めた。また、切除後に採取された切除可能例におけるKRAS変異は5%と切除前の切除可能例(66.7%)に比べて低く、KRAS変異状況は切除前の血液採取と有意な関連を認めた(p<0.001)。さらに、健常者におけるKRAS変異例の平均年齢は75歳、KRAS野生型例の平均年齢は64歳であり、KRAS変異状況と年齢との間にも有意な関連を認めた(p=0.004)。

 検証コホートでは、KRAS変異は早期PDAC例44%、健常者20%に認められた。KRAS変異はPDACと有意な関連を認め(p=0.0163)、膵癌例は健常者と比較してKRAS変異を2.96倍認めた。なお、探索コホートとは異なり、健常者におけるKRAS変異状況と年齢の間に関連は認められなかった。

 平均KRAS変異アレル頻度は、局所例2.7%、転移例10.09%と転移例で高かった(p=0.0109)。局所例について、切除前のKRAS変異アレル頻度1%をカットオフ値として切除後のdisease-free survival(DFS)について検討したところ、DFS中央値は低値例441日、高値例127日であり(p=0.031)、KRAS変異アレル頻度はDFSの有意なリスク因子であった(RR=4.68, 95% CI: 1.014-21.61)。なお、KRAS変異アレル頻度とCA19-9レベルとの間に僅かではあるものの有意な相関を認めたが(p=0.019, r=0.303)、DFSとの関連を認めたのはKRAS変異アレル頻度のみであった。局所進行例および転移例においてもCox比例ハザード分析を行ったが、overall survival(OS)およびprogression-free survival(PFS)に関連する有意な臨床的因子は同定されなかった。

 探索コホートにおいて、cfDNAにおけるKRAS変異は、健常者14.8%、切除可能例45.5%、局所進行例30.8%、転移例57.9%に認められ、これらの症例のうちexoDNAでもKRAS変異を認めたのは、健常者12.5%、切除可能例73.3%、局所進行例100%、転移例100%であった。なお、exoDNAの結果とは異なり、健常者のcfDNAにおけるKRAS変異状況と年齢の間に関連は認められなかった。なお、転移例のcfDNAにおけるKRAS変異状況別のOS中央値は、KRAS変異例115日、KRAS野生型例506日とKRAS変異例で不良だったものの有意差は認められなかった(p=0.107)。

 以上のように、PDAC患者におけるKRAS変異検出に関して、exoDNAはcfDNAよりも優れた成績を認めた。一方でKRAS変異は健常者においても認められており、健常者における他の遺伝子変異の検討が必要であると考えられる。


*監訳者注:原文では"localized"



監訳者コメント:
exoDNAにおけるKRAS変異は早期膵癌の新規バイオマーカーとなるか

 膵癌におけるエクソソーム由来DNAを用いてKRAS解析を行った研究であり、大変興味深い。KRAS変異は膵癌の90%で認めると考えられており、切除可能症例も全てのステージで血中KRAS変異検出能が従来のcfDNAによる解析よりも高い点は注目すべきである。しかし組織KRAS変異との一致率が検討されていない。検証コホートでは切除可能膵癌における陽性率が低く、探索コホートにおけるcfDNAにおけるKRAS変異陽性割合と同程度であり、今後追試が必要と考える。また、健常者においてもKRAS変異を認めることにも注意が必要である。著者らが述べているように、超高感度測定法の登場によって"background" oncogenic mutationが検出されやすくなっている可能性はあるが、膵癌の早期発見を目的とした場合にどのように臨床の現場で用いるかは今後の課題である。研究デザインにおいてはバンキングされた検体を用いているため、切除可能症例の術前と術後が同一症例ではない。そのため術前後においてKRAS変異の検出率を直接比較することはできない。一方で、CA19-9と違いSialyl Lewis-A陰性や、閉塞性黄疸による影響がないなどは利点と考えられる。解決すべき課題はあるが膵癌の新たなバイオマーカーとなる可能性があり、今後の展開に期待したい。

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監訳・コメント:愛知県がんセンター中央病院 消化器内科部 医長 水野 伸匡

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