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2009年1月〜2015年12月の論文紹介
2003年1月〜2008年12月の論文紹介

4月
監修:九州大学大学院 消化器・総合外科 診療准教授 沖 英次

胃癌

上部胃癌に対する胃全摘術における脾合併切除(JCOG0110試験)


Sano T, et al.: Ann Surg. 265(2): 277-283, 2017

 上部胃を含む胃癌治療では十分な局所リンパ節郭清を伴う胃全摘術が行われるが、脾臓または膵臓に直接浸潤する場合、R0切除を達成するには脾摘、膵摘が必要である。また、直接浸潤がなくても上部胃癌の10〜20%がこの領域のリンパ節に転移するため、脾門における完全なリンパ節郭清を目的に脾摘が行われる。脾摘と脾温存を比較したいくつかの後ろ向き試験では脾摘により術後合併症および死亡が増加し生存改善を認めなかったが1-3)、脾摘はより進行した患者に対して行われ、脾温存群では幽門側胃切除術を行った症例が多く、脾温存群に有利なバイアスがあった。一方、前向き無作為化試験では、チリの試験4)、韓国の試験5)ともにわずかに生存率を改善したが有意差は認めなかった。ただ、いずれも単一の施設による試験のため検出力不足で決定的ではない。

 日本では脾摘を伴う胃全摘術における手術死亡は低く6)、脾門リンパ節転移を認める患者は脾摘により治癒することがみられるため7)、脾摘は標準的なD2胃全摘術の一部と考えられている8)。しかし、日本での後ろ向き解析でも脾摘の脾温存に対する生存改善が認められていないため9,10)、胃全摘術を必要とする上部胃癌に対する脾摘の役割を検証する無作為化第III相試験、JCOG0110試験が行われた。

 対象は、治癒可能で手術に適合したT2-4上部胃癌患者であり、脾門部または脾動脈周囲における肉眼的リンパ節転移、大彎線上の病変、Borrmann 4型、腹腔洗浄細胞診陽性の患者は除外された。

 対象患者は、施設および腫瘍浸潤(T2/T3/T4)を層別因子として、脾摘群(脾摘を伴う胃全摘術)と脾温存群(脾摘を施行しない胃全摘術。膵脾脱転はしない)に無作為化された。なお、試験期間中にプロトコールが修正され、食道浸潤の有無も層別因子に加えられた。

 主要評価項目はOS(overall survival)、副次評価項目はRFS(relapse-free survival)、手術合併症、手術時間、出血量であり、本試験が計画された2001年時点で、T2-4腫瘍に対する胃全摘術において脾摘が標準治療であったため、脾摘に対する脾温存の非劣性を検証するデザインとされた。5年OS割合を脾摘群70%、脾温存群73%と仮定し、片側α=0.05、検出力70%、非劣性マージン1.21とし、196の死亡イベントを観察するために必要症例数は500例であった。

 当初は術後補助化学療法を行っていなかったが、319例(64%)登録時にACTS-GC試験11)により術後補助化学療法の有用性が示されたため患者登録が中断され、stage II/III患者にS-1による術後補助化学療法を行い、JCOG9502試験12)の結果より3cm以下の浸潤であれば食道浸潤例も含むようプロトコールを修正し、11ヵ月後に患者登録が再開された。

 2002年6月〜2009年3月の間に36施設から505例が登録され、脾摘群254例、脾温存群251例に無作為化された。両群の患者背景はバランスが取れていたが、術中T分類が層別因子に用いられたにもかかわらず、病理学的T分類は不均衡で、漿膜浸潤(pT3/4)例は脾摘群で有意に多かった(p=0.026)。

 両群の手術時間に差は認めず、出血量中央値は脾摘群が脾温存群に比べて75mL多かったが、輸血の施行率は同程度であった。術後合併症の頻度は脾摘群30.3%、脾温存群16.7%と脾摘群で多く(p<0.01)、膵瘻、腹腔内膿瘍が主な合併症であった。術後在院死亡は脾摘後1例(縫合不全)、脾温存後2例(術後膵炎、縫合不全)に認められた。郭清リンパ節個数中央値は脾摘群64、脾温存群59と脾摘群で多く(p<0.01)、10番(脾門)郭清リンパ節個数中央値は脾摘群4、脾温存群2、11d番(脾動脈幹遠位)はそれぞれ3、2であった。

 追跡期間中央値71.8ヵ月において、5年OS割合は脾摘群75.1%(95% CI: 69.3-80.0)、脾温存群76.4%(95% CI: 70.7-81.2)、脾摘群に対する脾温存群のハザード比は0.88(90.7% CI: 0.67-1.16, 非劣性p=0.025)であり、脾温存の非劣性が認められた。5年RFS割合はそれぞれ68.4%、70.5%、ハザード比は0.87(95% CI: 0.65-1.17)であった。OSのサブグループ解析では、腫瘍の位置が有意な相互作用を示し、少数例だが(78例, 15.4%)胃の中部または下部に腫瘍を有する患者では、脾温存群は脾摘群に比べて有意に良好であった(p=0.006, 相互作用p=0.011)。

 術後生存した502例の追跡中に44例(8.8%)で肺炎、73例(14.5%)で高熱を伴う感染症がみられたが、両群で差を認めず、劇症型肺炎球菌性肺炎はみられなかった。

 以上のように、大彎線上に進展していない上部胃癌の胃全摘術において、脾摘は生存を改善せず手術合併症の増加を認めたため、施行を避けるべきであると考えられる。なお、大彎線上の腫瘍に対する脾摘の影響は不明のままである。



監訳者コメント:
大弯線に浸潤しない上部胃癌に対する胃全摘術において脾の温存が推奨される。

 本試験は上部進行胃腺癌に対する胃全摘術において脾摘をすべきかどうかを検証した無作為化比較試験である。脾合併切除による予防的10番リンパ節の郭清意義をより正確に判断すべく、術中の腹腔洗浄細胞診陽性症例や、術中に臨床的に10-11番リンパ節の転移を認める症例は除外され、根治術が可能となった症例のみが登録されている。

 本試験において、10番リンパ節の転移頻度は、脾摘群254例中6例(2.4%)、脾温存のまま10番サンプリングもしくは10番郭清が施行された58例中2例のみであり、非常に転移頻度が低い領域であることが判明した。これら10番リンパ節転移陽性であった8症例は、全例で他のリンパ節に広範なリンパ節転移を有し、うち7例(88%)は再発死している。したがって、本試験で対象となった上部胃腺癌において10番リンパ節転移を有する症例はすでにsystemic diseaseであり、手術によってcureが望めない可能性が高いと考えられた。

 本試験では、Borrmann 4型胃癌、大弯線に及ぶ胃癌、術前・術中に10-11番リンパ節が疑われる症例に対する脾摘の意義は不明のままである。しかしながら、脾摘により有意に合併症が増加することを留意し、術式を選択すべきである。

  •  1) Griffith JP, et al.: Gut. 36(5): 684-690, 1995[PubMed
  •  2) Wanebo HJ, et al.: J Am Coll Surg. 185(2): 177-184, 1997[PubMed
  •  3) Wang F, et al.: Int J Surg. 12(6): 557-565, 2014[PubMed
  •  4) Csendes A, et al.: Surgery. 131(4): 401-407, 2002[PubMed
  •  5) Yu W, et al.: Br J Surg. 93(5): 559-563, 2006[PubMed
  •  6) Sano T, et al.: J Clin Oncol. 22(14): 2767-2773, 2004[PubMed
  •  7) Aoyagi K, et al.: World J Hepatol. 2(2): 81-86, 2010[PubMed
  •  8) Japanese Gastric Cancer Association: Gastric Cancer. 14(2): 113-123, 2011[PubMed
  •  9) Nashimoto A, et al.: Int J Surg Oncol. 2012: 301530. doi.: 10. 1155/2012/301530. 2012[PubMed
  • 10) Otsuji E, et al.: Surgery. 120(1): 40-44, 1996[PubMed
  • 11) Sakuramoto S, et al.: N Engl J Med. 357(18): 1810-1820, 2007
  • 12) Sasako M, et al.: Lancet Oncol. 7(8): 644-651, 2006[PubMed

監訳・コメント:がん研究会有明病院 食道外科 今村 裕

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