論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

2014年

監修:東海中央病院 坂本純一(病院長)

進行胃癌患者の予後に対する除去修復交差相補遺伝子1(ERCC1)の影響 : Japan Clinical Oncology Group Trial JCOG 9912の付随研究

Yamada Y, et al., Ann Oncol., 2013 ; 24(10) : 2560-2565

 胃癌のfirst-line治療として世界中で最も普及しているのはfluoropyrimidineと白金製剤ベースの併用療法である。その効果に関するprognosticな因子は同定されているもののそれらはpredictiveなマーカーではない。そこで個々の患者に最適な治療法を提供するためにprognosticな生物学的マーカーに対する理解を深める必要がある。原発胃癌においてDNA修復酵素であるERCC1はmRNA発現レベルが高いとcisplatin(CDDP)に対する反応性が低下し、生存成績が不良となる。一方、5-FUの効果に関するprognostic/predictiveな因子としてはTS、DPDが認められており、こちらもmRNA高発現の場合5-FU療法の臨床成績は不良となる。しかしERCC1、TS、DPDの遺伝子発現状況が化学療法の効果を予測するツールたり得るかどうかについては試験によって結果がまちまちであり、抗癌剤を個々の患者に最適化するpredictiveかつprognosticな因子を同定するために大規模な試験を行う必要がある。
 第III相ランダム化試験JCOG 9912は進行胃癌患者のOSについてS-1の5-FUに対する非劣性を明らかにしたが、CPT-11+CDDP(IP)の優位性は認められなかった。今回、JCOG9912試験における5-FU、S-1、IP療法の延命効果と腫瘍縮小効果を8つの分子マーカー(ERCC1、DPD、TS、OPRT、EGFR、MTHFR、Topo-1、VEGF-A)を用いて評価し、臨床成績に関するprognosticおよびpredictiveな因子を同定する付随試験を行った。
 2000〜2006年にJCOG9912試験に登録された704例の進行胃癌患者のうち445例から腫瘍組織標本を採取した。評価データは325例で入手可能であった。325例全例の生存期間中央値は12.6ヵ月で、5-FU群は11.5ヵ月、IP群は14.2ヵ月、S-1群は11.9ヵ月であった。各バイオマーカーのサブグループにおける評価可能症例数はそれぞれ異なるが、患者背景に差はなかった。
 分子マーカーの発現状況を見ると、ERCC1とDPDのmRNAは腸型に対しびまん型で高頻度に発現していたが、OPRT、EGFR、MTHFR、Topo-1、VEGF-Aについては組織型との関連は認められなかった。ERCC1発現はTS発現(Spearmanの順位相関係数0.38)ともDPD発現(同0.30)とも強力な関連は示さなかった。VEGF-A高発現は切除不能患者(p=0.060)、標的病変(p=0.052)、肝転移(p=0.090)を有する患者で多くみられた。
 バイオマーカーのmRNA発現レベルと治療成績の関係を調べるために、腫瘍縮小効果(奏効率)についてサブグループ解析を行った。まずERCC1発現についてみると、IP群では52.5% vs 29.6%(p=0.045)と低発現群が高発現群に比べ有意に高かった。5-FU群は17.5% vs 2.7%(p=0.058)と低発現群が優れる傾向にあったが、S-1群では32.5% vs 33.3%(p=1.00)で同等であった。
 DPDについては、IP群では58.3% vs 26.1%(p=0.006)と低発現群が有意に高く、5-FU群(15.2% vs 3.9%、p=0.24)でも低発現群の奏効率が優れる傾向がみられた。一方、S-1群は27.0% vs 41.5%(p=0.24)と低発現群のほうが低かったが統計学的有意差はみられなかった。
 TSでは、IP群42.9% vs 39.0%(p=0.82)、5-FU群16.7% vs 2.9%(p=0.068)、S-1群41.7% vs 26.7%(p=0.17)と、5-FU群ではTSについても低発現群が高発現群に比べ奏効率が優れる傾向にあった。その他の5つのマーカーに関しては奏効率に有意な影響を与えるものはなかった。
 ERCC1発現レベルと奏効率との関係においてIP群の低発現群は他のサブグループに比べて高い奏効率を示したが、PFSについては発現レベルによる有意差はなかった(高発現群のHR 1.04、p=0.82)。同様にS-1群(HR 1.03、p=0.87)、5-FU群(HR 1.45、p=0.062)においてもERCC1発現レベルによる差は認められなかった。全例でみると、TS高発現群が有意に不良であった(HR 1.32、p=0.015)。
 OSとERCC1発現レベルとの関連は、全例においては高発現群が有意に不良であった(HR 1.32、p=0.016)。治療群別では、S-1群がHR 1.39(p=0.10)、IP群がHR 1.43(p=0.066)、5-FU群がHR 1.18(p=0.41)で、3群とも発現レベルによる有意差は認められなかった。OSに有意差がみられたのはIP群のTSで、HR 1.89(p=0.0014)と高発現群で有意に不良であった。
 全例の単変量解析を行って分子マーカーのprognosticな価値を調べたところ、OSもPFSもERCC1低発現群、TS低発現群がそれぞれ高発現群に比べて良好であった。その他の6マーカーについては発現レベルによる差はみられなかった。
 分子マーカーと患者の背景因子に基づく多変量解析では、独立したprognosticなOS不良因子はERCC1高発現(HR 1.37、95%CI 1.08-1.75、p=0.010)、PS≧1(HR 1.45、95%CI 1.13-1.86、p=0.0004)、転移部位数≧2(HR 1.66、95%CI 1.28-1.86、p<0.001)で、再発(切除不能と比較したHR 0.75、95%CI 0.56-1.00、p<0.001)は良好な因子であった。PFS良好の因子は再発と腸型であった。
 predictiveな因子について解析すると、5-FU群とS-1群ではERCC1とPFSの間に有意に近い関連がみられたが、ERCC1発現状況に関係なくS-1群で良好であった。したがってPFSに関しては、ERCC1は5-FUとS-1選択の際のpredictiveなマーカーとはならないと言えよう。DPD発現レベルで見たIP群のS-1群に対するPFS とOSのHRは、低発現群0.87、0.84、高発現群1.13、1.21で、DPD低発現はIPを選択するpredictiveなマーカーである可能性がやや考えられるものの、その他のマーカーにはpredicitiveな価値は認められなかった。
 以上の解析のように、胃癌の原発巣におけるERCC1 mRNA高発現はOS不良と有意に関連していたが、5-FU、IP、S-1選択のpredictiveなマーカーを同定することはできなかった。

監訳者コメント

ERCC1は進行再発胃癌一時治療における生存期間の予測因子となる

 癌治療分野において各種バイオマーカーは、癌の進行度、悪性度予測、治療効果、治療選択に大きく役立つものと期待され様々な癌腫において研究が進んでいるが、他の癌腫に比べて胃癌では予後、効果予測因子あるいは抗癌剤選択因子となる有意なバイオマーカーの報告は少ない。JCOG9912は進行再発胃癌患者のOSに関してS-1の5-FUに対する非劣性を明らかにした第III相ランダム化試験であり、この大規模比較試験における8種類のバイオマーカーを評価し臨床成績に関する予測因子を同定したのが本研究である。
 ERCC 1とDPDのmRNA発現量は腸型に対しびまん型で高頻度に発現しており、OSとERCC1発現レベルとの関連性においては、高発現群が有意に不良であり、多変量解析でも、独立したOS不良因子としてERCC1高発現が示されており、ERCC1は進行再発胃癌患者に対する一次治療におけるOSの予測因子となることが結論付けられる。またCPT-11+CDDP群のOSはTS高発現群で有意に不良であり、OS、PFSともにERCC1低発現群、TS低発現群がそれぞれ高発現群に比べて良好であった。
 今回5-FU、CPT-11+CDDP、S-1選択予測因子となるようなマーカーを同定することはできなかったが、さらなるバイオマーカーの研究により、より有効な薬剤の優先選択や有害事象の低減につながることが期待される。

監訳・コメント:高知大学医学部付属病院 消化器外科 並川 努(病院准教授)

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