論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

上部消化管腺癌発症が男性優位であることは喫煙割合の男女差では説明できない

Freedman ND, et al., Eur J Cancer., 2010; 46(13): 2473-2478

 上部消化管の腺癌は男性に圧倒的に多い。最近の解析では、男性は女性に比べて17.3年早く発症することが示されているが、その理由については未だ明らかになっていない。喫煙は、上部消化管腺癌の十分に確立されたリスク因子である。喫煙割合は世界の様々な地域で女性より男性が高いことから、男性に多いとされる癌と男女の喫煙割合とが関係づけられてきた。例として、近年男女の喫煙歴がほぼ同様になるにつれ、肺癌発症率の男女差はなくなってきている。しかし、上部消化管腺癌発症における喫煙の影響は肺癌ほど明確ではなく、男性優位であることの理由である可能性があるかどうかの評価はなされていない。本試験(NIH-AARP Diet and Health Study)ではこれを検討した。
 1995〜1996年に米国8州の住民で50〜71歳のAARPメンバー350万例に対し、喫煙歴などに関するアンケートを実施した。解析対象として適格となる回答は男性281,422例、女性186,133例から得た。これらの対象について2003年12月31日まで追跡調査を実施した。癌の発症は各州の登録機関からデータを入手し、10万人年ごとの年齢調整発症率を求め、男女比は年齢補正Cox比例ハザートモデルにて算出した。
 男性2,013,142人年の追跡で821例が新規に上部消化管腺癌を発症した。内訳は、食道腺癌338例、胃噴門部腺癌261例、非噴門部腺癌222例で、近位に多くみられた。女性は1,351,958人年の追跡で147例が新規に発症、うち食道腺癌23例、胃噴門部腺癌36例、非噴門部腺癌88例であった。上部消化管腺癌の年齢調整発症率(例数/10万人年)は男性40.5(95%CI 37.8-43.3)、女性11.0(95%CI 9.2-12.8)であり、男女比は3.7(95%CI 3.1-4.4)であった。男女比を部位別にみると、最大差は食道腺癌の9.7、最小差は非噴門部腺癌の1.7で、胃噴門部腺癌は4.8であった。
 次に、喫煙の有無で解析した。男性喫煙者の追跡は1,512,341人年、新規発症は707例(食道腺癌292例、噴門部腺癌231例、非噴門部腺癌184例)、女性喫煙者は749,028人年、新規発症は100例(それぞれ19例、30例、51例)であった。男女比は全部位3.4(95%CI 2.7-4.1)、食道腺癌7.3、胃噴門部腺癌は3.7、非噴門部腺癌1.7であった。非喫煙者は、男性500,801人年、女性602,930人年の追跡で、男女比は全部位3.0(95%CI 2.2-4.3)、食道腺癌14.2、胃噴門部腺癌6.1、非噴門部腺癌1.3であった。
 喫煙本数および禁煙時年齢で補正すると、男女比は全部位で3.4(補正前3.8)、食道腺癌8.7(同9.9)、胃噴門部腺癌4.2(同4.9)、非噴門部腺癌1.7(同1.7)となった。
 本解析では、上部消化管腺癌は確かに男性で発症率が高く、喫煙者では男女とも発症リスクが高いことも確認された。しかし、上部消化管腺癌の発症が男性優位であることは喫煙者でも非喫煙者でも同様に認められたことであり、喫煙歴との関連のみでは説明できないと考えられる。また男性優位な発症は遠位から噴門、食道へと移行してきていることが注目されるが、これはサブタイプとしての腸型の比率が食道で最も高く、遠位部では低いことが大きな理由であると考えられる。そして、性差の影響を受けるのはこのサブタイプである(本解析では遠位型か腸型かについての情報は得ていない)。
 本試験の結果から、上部消化管腺癌発症率の男女差は喫煙によるものではなく、生殖ホルモンの違い、中心性肥満の頻度の男女差、または閉経前の鉄状態の差などの内因性の要素に関連している可能性があることが示唆された。

監訳者コメント

大規模疫学研究への期待

 米国国立衛生研究所(NIH)旧全米退職者協会(AARP)食事健康研究は、1995年から1996年にわたり6つの州(California, Florida, Pennsylvania, New Jersey, North Carolina, Louisiana)もしくは2つの都市部 (Atlanta, Detroit)に住む 50〜71歳の全米退職者協会会員350万人を対象にして、質問紙を用いて栄養・生活習慣に関するベースライン調査を行った過去最大規模のコホート研究であり、今までも数多くの論文がこの研究から報告されている(http://dietandhealth.cancer.gov/)。今回のFreedmanらによる報告では、上部消化管腺癌の発症に関する男女差が喫煙割合の差だけでは説明できず、そもそもの性差に起因する上部消化管腺癌のリスク因子の違い(生殖ホルモンや中心性肥満など)による可能性が示唆されている。今後、喫煙以外の発症予防につながるリスク因子の評価がなされることが期待される。
 一方で、このような大規模疫学研究の結果を見る際、その対象者数の大きさに圧倒されてしまう方も多いかもしれない。しかし、一般集団における疾患発症率は概して低く、例えば今回の報告でも女性における食道腺癌発症率は約60万人年の観察でたったの4例である。多くの場合、リスク因子の検討に必要な情報量はイベント数であることが多いため、論文を読む際には分母の大きさだけに惑わされずに結果の解釈を行う必要がある。また、疫学研究においては対象集団の代表性も極めて重要であり、本邦における大規模疫学研究(多目的コホート研究:http://epi.ncc.go.jp/jphc/、JALS研究:http://jals.gr.jp/index.html、など)の成果にも今後、着目していきたい。

監訳・コメント:北海道大学病院 大庭 幸治(高度先進医療支援センター・助教)

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