論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

1990〜2007年の胃癌(腺癌)の発生率、治療、生存成績の変動:オランダにおける地域住民研究

Dassen AE, et al., Eur J Cancer 2010; 46(6): 1101-1110

 欧州における胃癌の発生率と死亡率は1950年ごろから低下してきているのにもかかわらず、生存率に改善はみられない。これは噴門部癌の頻度の増加が一因とされている。胃癌には洋の東西で発生率、生存率に差がある。たとえば胃癌が多くみられる日本では1983年からスクリーニングが行われ、D2郭清が実施される。一方、欧州では費用効果がないとしてスクリーニングは行われておらず、進行癌で診断されることが多く、D2郭清が疑問視されている。米国では術前・術後の放射線化学療法の有効性が指摘され、英国では切除術単独よりも術前・術後化学療法を併用した方が生存率の改善に寄与すると報告されている。現時点でガイドラインを作成中のオランダでは治癒的療法に関するコンセンサスはない。
 本研究は、地域住民をベースにして胃癌の発生率と生存率・死亡率の変化を解析し、患者および腫瘍の特性、治療法の最近の事情を検討した後向き研究である。
 解析対象は、1990〜2007年にオランダの Eindhoven Cancer Registry(オランダ南部の大部分における初発癌患者全例のデータが登録されている)エリアで胃癌(腺癌)と診断された4,797例である。調査期間を1990〜1993年、1994〜1997年、1998〜2001年、2002〜2005年、2006〜2007年に分け、対象患者について噴門部と非噴門部の部位別発生率、死亡率、腫瘍・患者特性、治療、5年生存率(追跡が完了したのは2007年1月1日までに診断を受けた患者までのため、2002年以降の生存率の調査期間は2006年までを一括して算出)を解析した(すべて両側検定)。
 年齢調整後の発生率は男性が1990年24例/10万人から2007年12例、女性が10例から6例と低下した。死亡率も同様の傾向であったが、近年は女性でわずかに増加がみられた。
 発生部位は1990年からほとんど変わらず非噴門部が70%以上を占めている。2006〜2007年には噴門部癌がやや増加していたが、この傾向は若年層の増加によるものであった(p<0.0001)。
 患者の背景因子では、噴門部群で75歳以上の患者、非噴門部群で社会経済的に高レベルの患者、両群で併存症を有する患者の増加がみられた。ステージ分布は噴門部群でも非噴門部群でも年々悪化している。噴門部群ではステージIおよびステージII症例が1990〜1993年は32%、2006〜2007年は22%(p=0.005)と低下しており、非噴門部群では同じ期間でステージIVが31%から40%(p=0.003)に増加している。ステージの分布を噴門部群と非噴門部群で比較すると、非噴門部群のほうが良好であった(p<0.0001)。非噴門部群の切除率は依然として良好であるが、噴門部群の切除率は低率でステージI、II、IVではさらに減少している。治療についてみると、術前・術後補助化学療法を受ける患者はすべてのステージで増加しており、とくに2006〜2007年の伸びは大きい。ステージIVでは切除術を行わずに化学療法を受ける患者が年々増えている。
 5年生存率は噴門部群では10%前後と変化ないが、非噴門部群では1990〜1993年22%から2002〜2006年14%へと低下している(p=0.004)。切除術を受けたステージI〜IIIの5年生存率は、非噴門部群では変化なかったが、噴門部群は変動していた。諸因子を補正すると非噴門部群と噴門部群の死亡のリスクは同等であった。腫瘍部位で層別化すると、高齢者およびより進行したステージが有意な予後不良因子であった。死亡のリスクは噴門部群では1998年以降低下しているが(HR 0.8、p=0.01)、非噴門部群では不変であった。
 以上、1990年以降のオランダ南部における胃癌の経時的な変化をみてきたが、胃癌の発生頻度は減少している。噴門部癌の頻度は2006年以降やや増加しているものの他の文献で指摘されるほどではなく、ほぼ横ばい状態であった。ステージ分布と予後は不良のままである。噴門部癌の5年生存率は10%と変化ないが、非噴門部癌の5年生存率が悪化していることを考えると、早期発見がきわめて重要であることが指摘される。また、標準化された術式および病理学的検索法によって、術前・術後補助化学療法または放射線化学療法の安全性と延命効果を検討する前向試験が行われることが望まれる。

監訳者コメント

胃癌の治療成績向上のためにも検診の再認識を!

 胃癌の発生頻度と死亡率が減少傾向にあるのは、欧米も日本も同様の傾向である。しかし、オランダではステージ分布は噴門部群でも非噴門部群でも年々悪化しており、非噴門部癌の5年生存率が悪化している。多くの患者がステージIVであるのは、日本などと違ってスクリーニングが行われていないことも一因であり、早期発見がきわめて重要であると指摘している。本邦2002年の胃癌全国登録の結果をみると早期胃癌49.4%、ステージIV 4.5%であり、早期胃癌は増え、ステージIVはさらに減少してきている。一方、ステージ毎の5年生存率は経時的に良好になってきている。胃癌死亡率の低下が罹患率の低下を上回っており、治療効果の成果といえよう。検診発見胃癌の5年生存率は病院外来で発見された胃癌成績よりも極めて良好であり、科学的な方法を用いた検診により胃癌死亡率の減少が確認されている。市町村、検診機関と医療機関が連携し、効果的に機能している結果である。がん対策基本計画法では検診率を50%に向上することを目標としている。胃癌は早期発見、早期治療により治る癌であり、欧米も化学(放射線)療法に頼るのではなく、検診に目を向けるべきである。日本は胃癌多発国であり、胃癌予防、検診、診断、治療の面で世界の模範となる義務がある。世界に向けて啓蒙活動をさらに積極的に行うべきであろう。

監訳・コメント:新潟県立がんセンター新潟病院 梨本 篤(外科・臨床部長)

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