論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

腹膜播腫を有する進行胃癌に対するTS-1+paclitaxel週1回静注および腹腔内投与

Ishigami H, et al., Ann Oncol. 2010; 21(1): 67-70

 TS-1+paclitaxel 静注(DIV)の併用療法は既に確立され、測定可能病変を有する進行・再発胃癌における効果と安全性の評価は終了している。これらの2剤は播腫を来たしやすい低分化型の腺癌に対して高い有効性を示し、腹腔に移行しやすい特性をもつことから、腹膜播腫に対する効果も期待できそうである。またpaclitaxelの抗腫瘍効果は薬剤の曝露時間と濃度に依存するため、吸収が緩徐であり局所で高濃度を維持できる腹腔内投与(IP)にはさらなる期待がかかる。PaclitaxelのIPを評価する臨床試験は卵巣癌腹膜転移を対象に多数行われ、良好な成績を示してきたが、胃癌では腹膜播腫に対する著効例の報告が散見されるものの、臨床試験による評価はなされていない。以上のことから、胃癌腹膜播種を対象として、paclitaxel IPを含むレジメンの開発をおこなうこととした。
 Paclitaxelは分子量が大きく脂溶性であることから、腹腔内投与時にリンパ系を介した吸収速度が緩徐なため局所で高濃度が長時間維持される。一方、薬剤の浸透が腹膜の表層のみに限られ、腹腔内の癒着部位には送達されないという問題もある。これらの点を解決するとともに、原発巣や腹膜以外の転移巣に対する全身的抗腫瘍効果をも持続させることを目的として、paclitaxel IPと上記のTS-1+paclitaxel DIV (TS-1 80mg/m2/day 1日2回14日間連続経口投与、paclitaxel 50mg/m2 DIV day 1、8を21日毎に行う)を併用することとしたのが本レジメンの理論的背景である。DIVと同じday 1、8にIPされるpaclitaxelの至適投与量は第I相試験により20mg/m2と設定され、今回はその用量における第II相試験を行った。
 対象は20歳以上、ECOG PS 0〜2、P 1またはCY 1だがそれ以外の遠隔転移を有さない切除不能または再発胃癌で、骨髄・肝・腎機能良好、推定余命3ヵ月以上の症例とし、前化学療法歴は問わないこととした。主要評価項目は1年OS、副次評価項目は奏効率(ORR)、癌性腹水に対する効果、および安全性とした。1年OSの期待値を70%とし、腹膜播腫を有する切除不能または再発胃癌症例の一般的な1年OSである50%を上回ることを十分な検出力をもって示すために32例の集積が必要と計算した。 2006年8月〜2007年12月に、40例が登録された。実施コース数中央値は7コース(範囲1〜23)で、5例が重篤な副作用により、また15例が増悪により化学療法を中止した。16例は奏効後手術を受けるために化学療法を中断した。
 追跡期間中央値は20.3ヵ月で、全40例の1年OSは78%、2年OSは46%、生存期間中央値は22.5ヵ月(95%CI 16.6ヵ月〜到達せず)であった。測定可能病変を有する18例のORRをRECISTガイドラインに基づいて評価したところ、CR 0%、PR 56%、SD 33%、PD 11%であり、ORRは56%であった。また癌性腹水は21例中13例(62%)で消失または改善した(消失5例、改善8例)。CY 1症例の陰性化は28例中24例(86%)に認められた。
 グレード3/4の血液毒性は40%、非血液毒性は15%に認められた。頻度が高いグレード3/4の血液毒性は、好中球減少38%、白血球減少18%、貧血10%であった。腹膜アクセスポート関連の有害事象は、カテーテル閉塞が1例にみられたほかは、腹痛などは発現せず、治療関連死も認められなかった。
 TS-1+paclitaxel DIVおよびIPの併用療法は、期待通りの優れた1年OSに加え、癌性腹水に対する有効性も示し、忍容性にも優れていた。今後は無作為化第III相試験による評価が必要である。

監訳者コメント

Paclitaxel腹腔内投与の胃癌腹膜播腫に対する効果は画期的

 胃癌に対して腹腔内投与(IP)を行うことが保険で認可されている抗癌剤は、現在ほとんど使用されていないものばかりである。1990年代には当時の新薬であるシスプラチンの単回IPを含む術後補助化学療法が期待を集め、無作為化第III相試験の試験アームとなったが、これにも手術単独に対する優越性は示されなかった。その後胃癌化学療法開発の主権は外科医から腫瘍内科医の手に渡った感がある。IPは腹腔リザーバー挿入など煩雑な技術を要するため腫瘍内科医には取り組み難い事情もあり、顧みられる機会は減った。近年、タキサンにIP後の血中への移行が遅く高い局所濃度を維持する特性があることが知られ、腹膜播腫に対する著効例も散見された。しかし、臨床試験としての取り組みがなく、次世代の薬剤の開発治験に忙殺される腫瘍内科医の心を動かすだけのエビデンスは存在しない。反面、その効果を実感している外科医が多いのも事実であり、このままIPが忘れ去られるのが惜しければ、当面外科医の手で評価していくしかない。ただし、臨床試験を実施するにあたり、保険適用がないのは大きな難点である。本論文で報告されたpaclitaxel IPを含む併用療法は有望であるにとどまらず、著者らの施設が行う高度医療として厚生労働省に承認されることで、保険適用の壁を越えることができた。大きな期待をもって今後の展開を見守りたい。

監訳・コメント:名古屋大学医学部附属病院 小寺 泰弘(消化器外科・准教授)

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