論文紹介 | 監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

11月

緩和的化学療法の生命予後に対する効果についての腫瘍専門医から患者への説明およびインフォームド・コンセントとの関連:定性的研究

Audrey S, et al., BMJ. 2008; 337(7668): a752

 緩和的化学療法の臨床試験では、主要評価項目として生命予後に対する効果を採用することが多い。これは、一般的な緩和医療を行う場合の考え方(「緩和」はQOL改善を意味する)とは、見解に相違があるわけだが、進行癌患者の多くはQOLよりも延命を重視しており、医師もこれに対応して積極的な治療を試みることもある。しかし、治療法を決定する際に延命効果そのものを検討事項に加えていないのであれば、患者の希望との間に大きなギャップが発生することになる。そこで本研究では、治療法を決定するためのコンサルテーションの際に、緩和的化学療法の生命予後に対する効果について、腫瘍専門医は患者にどの程度説明しているかを定性的に評価した。
 南西イングランドの教育病院および地域総合病院の進行癌患者37例と医師9名を調査対象とした。癌患者の内訳は非小細胞肺癌12例、膵癌13例、結腸・直腸癌12例、医師は診療部長(consultant)4名、医局員(registrar)5名であった。研究者がコンサルテーションに立ち会い、その模様を収録した。全記録を文書化するとともに、観察記録を適宜加えた。
 コンサルテーションに先立ち、治癒不能の癌であることが全患者に知らされていた。今後の目的は治癒ではないこと明らかにしたうえで、化学療法の目的は腫瘍の縮小・進行遅延・制御・安定、疼痛や体重減少などの症状改善、またはQOL改善などであることを医師が説明した。化学療法を推奨した患者に対しては、薬剤の名称、治療レジメンに関する情報、主な副作用の詳細と軽減法のほか、致死的な感染症リスクの上昇があること、緊急時の対応などを説明した。
 生命予後に対する治療効果の説明にあたっては、「約4週間」のように数値を示したケースは37例中わずか6例、「数ヵ月の延命」のようにタイムスケール的なもの5例、「いくらかの期間」などのあいまいな表現18例で、全く言及がないものは8例であった。緩和的化学療法を推奨され、受け入れた患者は、数値の提示を受けた6例中では3例、全37例中では23例であった。個々の医師は同一の説明法をすべての患者に対して行っているわけではなかった。全く言及しない医師は医局員に多い傾向がうかがわれたが、例数が少ないため、明確な結論は得られなかった。
 しかし、定性的データをより詳細に検討したところ、生命予後への効果を説明する上でのトリガーおよび障壁が存在することが判明した。トリガーは、患者側からの直接的な問い、患者が治療を拒否した場合の説明、医師が積極的治療を推奨しないことの正当化、医師による治療効果の現実的な予測の自発的提示などであった。障壁は、医師は症状のコントロールやQOLなどの緩和的化学療法の効果を重視しているが、患者が想定を超える延命を見込んでいると思われる状態、患者が治療を希望しない、患者側がこれ以上のバッド・ニュースを受け取りたくない、医師の慎重な説明をしなければならないという責任感などであった。
 緩和的化学療法による延命効果は、治療法の決定とインフォームド・コンセントに必要な情報であるが、今回の研究からは、その正確な情報は多くの患者に伝えられていないことが判明した。腫瘍専門医は、このような治療の効果と限界を、延命効果を含めて患者に説明すべきである。その方法を学ぶことができる体制づくりが求められる。

考察

理想的なインフォームド・コンセントの追求とは?

 治癒不能症例への病状の説明やそれに引き続く治療方針の決定は、人生の大きな転機を短時間で決定するものとなり、その説明は困難を伴うことも多い。前者についてはバッド・ニュースやSPIKESの考え方をはじめ、本邦でもその基本的な対処法が示されて徐々に浸透しつつあるが、後者については、まだ多くの課題が残されている。本論文ではこの点について、英国での実情を37例の患者と9名の医師のコミュニケーションを通じて詳細に検討したものである。臨床試験のprimary endpointとされることが多い生存寄与を、化学療法を治療方針として薦める「売り」としているかどうか、その詳細(生存寄与の程度)まできちんと説明されているかどうかが今回の主たるテーマである。本邦でtherapeutic setting(おそらく彼らの言うpalliative settingと同義)の化学療法を実施する医師の目からすれば、患者家族への説明のみならず患者本人に対しても詳細な予後の見込みの説明が求められている(理想とされている)本論文の考え方には新鮮な驚きも感じられるものではないだろうか。すなわち、著者が理想とする化学療法のsurvival benefitを「治療によって、○○週間の生存期間の延長が見込まれるが、有害事象のことも考慮して本当に行うのか」と患者に説明して同意を得ることは、論理的には確かに説明として的を得ており、間違ってもいないが、治癒不能と告知した直後で動揺の激しい心理的状況下にある患者にとってはその受容は困難であると思われ、しばらく「治療効果へのほのかな期待(過剰な幻影に発展する危惧はある)」を維持できる「曖昧な説明」がより適切である症例も多数存在するものと思われるのである。
 一般に大きな困難に直面した時には感情も理性も大きく揺れ動き、冷静かつ論理的な思考は不可能なことが多い。試験結果である生存寄与の詳細を説明することが、「不安を増強させ、本来だったら一度は受けていたかもしれない化学療法の選択肢を失望の中あきらめさせるもの」としない工夫も重要である。この論文では、その点が十分に言及されていないため、もう少し掘り下げて研究を深める余地があるものと思われる。ただし、本論文には化学療法導入時の説明のための障壁となるもの、説明をしやすくするトリガーなど私たちの日常診療に参考とできる部分も多く見られ、自身の医療を振り返る材料を与えてくれるものでもあった。

監訳・コメント:愛知県がんセンター愛知病院 松井 隆則(臨床研究部[消化器外科]・医長)

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