特別寄稿第5回 聖アントワーヌ病院 腫瘍内科(フランス、パリ)(取材日2006年9月29日)
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Interviewer: Angus Thomson PhD.

アンガス・トムソン略歴 医療系通信社MNCシステムズ・パリ支局駐在。癌分子生物学PhD(黒色腫、乳癌、神経腫瘍分野)。米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国血液学会、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)など海外学会の取材、レポーティングに従事。癌分野の主要オピニオンリーダーに対する取材経験が豊富。癌関連の研究著書もある。


お話しを伺った方々



聖アントワーヌ病院 腫瘍内科 Christophe Tournigand先生

施設概要

開設  1796年1月12日
病床数  854床 (急性期医療779 床、救急医療 22床、精神科53 床)
利用診療科数  全主要臨床分野:計42科
スタッフ  医療スタッフ  876名
 非医療スタッフ 2,847名
患者数  約1,000名/月

パリの聖アントワーヌ病院は、パリでも有数の病院です。世界的に著名な腫瘍専門医、Aimery de Gramont教授が率いる腫瘍内科はあらゆる種類の癌を治療し、癌患者の外来治療の発展において先駆的な役割を果たしてきました。今回の訪問では、同病院の臨床腫瘍医療の概要と特に腫瘍外来医療がどのように機能しているかについて、欧州の腫瘍専門医のリーダーとして臨床研究を積極的に推進しているChristophe Tournigand先生に伺いました。

Q. 聖アントワーヌ病院の開設の経緯と歴史について教えてください。

A: 当院は300年以上の歴史があります。開院は1796年です。当時はl'abbaye Sant-Antoine-des-Champsと呼ばれる修道院でパリの東部地域で奉仕していました。当初は2部屋しかなく、それぞれの部屋に72床のベッドがありました。1802年に病院が増築されて250床が加わり、1842年には外科部門が創設され、さらに320床増えました。現在は854床で、876名の医療スタッフが働いています。

聖アントワーヌ病院の正面玄関

[ 聖アントワーヌ病院の正面玄関 ]
旗の下に、フランス共和国のモットー “Liberté Egalité Fraternité(自由、平等、友愛)”が記されている。これはフランス革命のスローガン、“Liberté Egalité Fraternité ou la Mort!”(自由、平等、友愛、さもなくば死を!)に由来する。

Q. 聖アントワーヌ病院はパリ地域の医療でどんな役割を果たしていますか?

A: 当院はAssistance Hôpitaux Publique de Parisのメンバーで、フランス政府が設立した公立病院です。1950年代に、フランスに大学病院を設立するという政府の方針に従って、次第に教育および研究のための病院へと変貌を遂げてきました。今日の当院の役割は「治療」「教育」「研究」の3点に集約できます。現在当院の組織は、救急および一般内科、専門内科、消化器科、腫瘍および血液科、婦人科・産科・内分泌科、整形外科、生物学部門および画像検査部門の7つの臨床分野を軸として構成されています。また、稀少疾患の治療、外来手術プログラム、腫瘍医療などでも知られています。

Q. 腫瘍内科はどのぐらいの規模ですか?

A: 腫瘍内科は、18世紀の後援者にちなんで名付けられたEmmanuel-Antoine Moïana病棟全体を占めています。臨床腫瘍専門医は私を含む9名、それ以外に皮膚科医と精神科医が各1人、カウンセラーが3人います。現在の病床数は43床です(外来棟の病床数は含まず)。28床は緩和ケアを受けている患者さんや高齢の患者さんのための通常入院用ベッドで2つの階に分けてあります。15床は週ごとの入院患者さん用ベッドです。私たちは週1回の腫瘍内科ミーティングを行い、新規の患者さんを含む全ての患者さんについて検討し、治療法を見直します。

腫瘍内科病棟

[ 腫瘍内科病棟 ] 1886年開設

Q. 外来部門ではどのような診療を行っていますか?

A: 外来棟では、患者さんの診察と化学療法を行います。外来の患者さんは居心地の良い待合室で待ちながら、疾患や治療などの情報が掲載されている様々なパンフレットを読むことができます。
 診察室は6部屋あり、ここで初診や経過観察のための診察、化学療法前の診察などを行います。初診には30〜45分を費やし、その後、腫瘍専門看護師の資格を持つ一般看護師のカウンセリングを受けます。彼らは、患者さんが実際に化学療法を受けたときに予期すべき脱毛や副作用について丁寧に説明してくれます。
 通常、患者さんが初診後に来院するときは短時間の診察のあと、まず身体検査を行います。検査室にはベッド、血圧計、様々な検査機器があります。ここで私たちは患者さんが過去に受けた治療と検査結果を見直します。必要に応じて血液検査室も使用します。
 次に患者さんは、静注化学療法を受けるため病棟にある化学療法専門室に移動します。経口剤の場合は院内薬局に行きますが、約80%の患者さんは静注化学療法を受けます。
 現在、1日に約20人の患者さんが外来化学療法を受けていて、2つの化学療法室にある全てのベッドと椅子が満杯になることもあります。まだ限界に達していませんが、増加している外来化学療法のニーズに合わせて、今後5年間で今より大きな外来施設を建てる予定です。この施設には専用の薬局を設置することになっています。

待合室のパンフレット

[ 外来棟待合室のパンフレット ]
治療上の注意の他、化学療法を受けた際の副作用およびQOL向上のための患者資材は多岐にわたる。(「外来棟」はフランス語で"Hôpital de Jour"、「待合室」は"Accueil")

図. 腫瘍内科外来診療の流れ

腫瘍内科外来診療の流れ


表. 腫瘍内科 データ

臨床腫瘍専門医9名
皮膚科医1名
精神科医1名
カウンセラー3名
治験コーディネーター 1名
病床数43床
診察室6
化学療法室2
外来化学療法患者数約20名/日
進行中プロトコール約100件

Q. 各診察室にはコンピューターがありますね。これで患者記録にアクセスするのですか?

A: そうです。実際、医師は診察しながら、全ての臨床メモをコンピューターの患者ファイルに直接入力します。ここから患者さんの検査結果、過去の化学療法などの全記録を入手できます。このシステムは院内のネットワークに接続されているため、私たちは必要に応じて処方箋をプリントアウトし、患者さんにその場で渡すことができます。また、全ての患者さんにこれまでに受けた化学療法、病気の進行ステージ、手術のタイプが記載された記録用紙が渡されます。今までの詳細をまとめた資料ですので、患者さんは病気と治療についてより詳しく知ることができます。

診察室のDr.Tournigand

[ 診察室のDr.Tournigand ]

Q. 患者さんが外来化学療法を受けるときのプロセスを教えてください。

A: 静注化学療法を受けるために来院した患者さんは、まず簡単な診察を受けます。過去およびその日に実施された身体検査、血液検査のデータや処方内容が再検討されます。次に2部屋ある化学療法室のうち1部屋に入り、具合が悪いときはベッドで、悪くなければ椅子で治療を受けます。ベッドは各部屋に4床、椅子は各部屋に6脚以上用意してあります。化学療法室では薬剤師ではなく、看護師が安全キャビネットの下で静注液を調剤します。患者さんが持参したご自身の静注ポンプに調剤された薬剤を注入し、投与を開始します。患者さんは、治療後に疲れたり気分が良くない場合、好きなだけこの部屋で休むことができます。

外来化学療法室のベッド

[ 外来化学療法室のベッド ]

外来化学療法室の椅子

[ 外来化学療法室の椅子 ]

調剤用の無菌カバー

[ 調剤用の安全キャビネット ]

図. 外来化学療法の流れ

図. 外来化学療法の流れ

Q. 病院には研究機能もあるとお聞きしましたが、臨床試験にも関わっていらっしゃいますか?

A: もちろんです。当院は臨床試験に非常に積極的に取り組んでいます。実際、腫瘍内科を受診する患者さんの約30%は既に10件の臨床試験に登録されています。腫瘍内科の全ての医師は、適格な患者さんであると判断してインフォームドコンセントを取得すれば登録することができます。また、週1回の腫瘍内科ミーティングでは、適格な可能性のある患者さんが試験から除外されていないかを確認します。さらに臨床研究に関する月例ミーティングでは、プロトコールと登録患者数をどのように増やすかを検討しています。
 全ての臨床研究をコーディネートする専門スタッフも1名おります。現在、転移性疾患に関するプロトコールが約60件、アジュバント療法に関するプロトコールが40件、進行中です。超高齢者や重篤な患者さんもいらっしゃるので実際には難しいですが、あらゆる患者さんをプロトコールに登録することが、私たちの今後の目標です。


インタビュアーからのコメント Thomson先生

 「最新の医療を実践する非常に歴史ある病院」という印象を抱きました。聖アントワーヌ病院の腫瘍内科は、消化器癌化学療法において優れたレジメンを開発した世界のリーダー的施設であることは確かです。ここであの“de Gramont regimen”* が開発されたのですから。残念なことに私たちが訪問した日にGramont教授はご不在でしたが、オフィスを拝見できました。腫瘍科の建物は築120年(1886年開設)と古いのですが部屋は大きく明るくて、ほとんどの窓から緑豊かな樹木を眺めることができます。室内の明るい黄色のベッドと看護師による強力なサポートは、患者さんの気持ちを落ち着かせて快適な診療を可能にするでしょう。丁寧に見守られながら治療を受けられ、しかも夜は自宅で快適に過ごせるため、外来化学療法はフランスでは好評の治療法のようです。これは公立病院にとって費用対効果に優れた解決策にもなるはずです。「近い将来、外来医療の規模を拡大したい」というTournigand先生の言葉が印象的でした。
 余談ですが、興味深いことをご紹介します。病院の正面玄関に刻まれたラテン語の祈祷文です。“Benedic & Sanctifica Donum Istam in Sempiternum Deus Israel. Anno Domini 1767” これは “主よ、イスラエルの神よ、汝のこの神の家を永遠に祝福し、聖別したまえ。西暦 1767年” と訳せます。300年以上昔、聖アントワーヌ病院は修道院だったことが思い起こされます。

*5-FU持続点滴とLVを組み合わせたレジメン。2005年2月、日本でも「レボホリナート・フルオロウラシル持続静注併用療法」として承認された。


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