遺伝性大腸癌の診断と治療
はじめに / 家族性大腸腺腫症(FAP) / 遺伝性非ポリポーシス性大腸癌(HNPCC) / 最近のトピックス / おわりに
はじめに
   遺伝性大腸癌は家族性大腸腺腫症(FAP:familial adenomatous polyposis)と遺伝性非ポリポーシス性大腸癌(HNPCC:hereditary non-polyposis colorectal cancer)に大別される。その他Turcot症候群、Gardner症候群などが知られているが、分子病態上はFAPの亜型と考えられる。遺伝性大腸癌の全大腸癌に占める割合は5〜10%と言われており、日常診療上も無視できない頻度である。これらの遺伝性大腸癌を発見するための最も重要な手掛かりは、癌家族歴を詳細に聴取することである。
 FAPとHNPCCの分子生物学的な発症機序はすべてが明らかにされているわけではないが、散発性大腸癌の分子病態、発癌機構を理解する上でも、極めて重要である。本稿では、FAPとHNPCCに焦点を絞り、その診断と治療について概説する。
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家族性大腸腺腫症(FAP)
 

 FAPは大腸に通常100個以上のポリープ(腺腫)が発生する常染色体優性遺伝疾患という定義が用いられてきたが(古典的FAP)、その後、腺腫の数が少ないいわゆる不全型FAP(AFAP:attenuated FAP)、さらに最近では腺腫の数が少なく劣性遺伝形式をとる多発性大腸腺腫(multiple colorectal adenomas)の存在が明らかになった。したがって、現在のところ、常染色体優性ないし劣性遺伝形式をとり、大腸にポリープを多発する疾患群という定義が適当であろう。
 古典的FAPにおける大腸腺腫は10歳前後から発生し始め、35歳までには95%の症例で腺腫を認める(7〜36歳、平均16歳)。この大腸腺腫を発生母地として、平均39歳で大腸癌が発生する。大腸癌は21歳までに約7%、45歳までに87%、50歳までに93%の症例で認められる。一方、AFAPにおける腺腫の数は平均30個で、腺腫と癌の平均発症年齢はそれぞれ36歳、56歳と古典的FAPに比べ遅いという特徴がある。
 大腸外病変としては、デスモイドと胃・十二指腸病変が重要である。デスモイドは大腸切除後の約20%に発生し、病理学的には良性だが、発生部位によっては周囲臓器への浸潤により切除不能となる事もある。胃ポリープは噴門部、体部に好発する過誤腫性ポリープが約50%の症例に見られるが悪性化の報告はない。一方、幽門部に好発する腺腫は約10%の症例に見られるが、悪性化の可能性があり、特に日本人では注意が必要である。十二指腸病変については、十二指腸腺腫が50〜90%、乳頭部腺腫が約50%の症例に見られ、約10%では乳頭部癌が発生すると言われている。下顎、頭部の骨腫、過剰歯などの歯牙異常、先天性網膜色素上皮肥大(CHRPE:congenital hypertrophy of the retinal pigment epithelium)は、ポリープ発症前より認められることがあり、スクリーニング項目として、あるいは歯科、眼科医師によるFAP症例の拾い上げの契機として重要な意味を持つ。また、FAP に合併する甲状腺癌はcribriform morular variantという特徴的な組織像を呈する。その他、髄芽腫、肝芽腫などが知られている。
 家族歴のあるFAP患者の臨床的診断は比較的容易である。しかし、FAPの約25%は家族歴をもたない新鮮例であり、これらの症例では下痢、腹痛、血便などの一般的な消化器症状や検診での便潜血陽性を契機に受診することが多く、早期診断は困難である場合が多い。新鮮例の場合、上述した大腸外病変がFAP 発見の契機となることがあり、他科診療科の先生方に周知していただけることを期待したい。
 FAPの診療に際しては家族性腫瘍カウンセリングが必須である。その他、診療に際して配慮すべき事項の詳細については家族性腫瘍研究会のwebページ(http://jsft.bcasj.or.jp/)を参照していただきたい。
 FAPの遺伝子診断は、臨床的診断のついたFAP患者のAPC遺伝子変異が検出された場合に、その血族について発端者と同様の変異の有無を確認するという方法で行われる。遺伝子診断の意義は、FAPの早期診断、早期治療が可能になるということは勿論であるが、最近の遺伝子型と表現型の関連性に関する研究から、遺伝子型によって治療法を選択したり、大腸切除後に特に注意して観察すべき大腸外病変を指摘できる可能性がある(表1)。
 FAPの予防的大腸切除術には、結腸全摘回腸直腸吻合術(IRA:ileo- rectal anastomosis)、大腸全摘+回腸肛門吻合術(IAA:ileo-anal anastomosis)、大腸全摘+回腸肛門管吻合術(IACA:ileo-anal canal anastomosis)がある。手術施行時期や術式の選択に際しては、腺腫の数、密度、大きさ、大腸癌の有無、直腸病変の有無および程度、遺伝子型を参考に、十分なカウンセリングのもと、本人の意志を最大限に尊重している。大部分の古典的FAPはAPC遺伝子codon158-1249に変異があり、これらの症例にはIACAが適当な術式と思われる。codon1250-1464に変異があり密生型の表現型をとるものに対しては完全粘膜抜去によるIAAが薦められる。codon157より5'側およびcodon1465より3'側に変異のある場合はAFAPの表現型をとることが多く、これらの症例には腹腔鏡下IRAをひとつのオプションとして考慮してもいいと考えている。

表1.APC遺伝子の遺伝子型と表現型の関連
 
表現型 変異部位
密生型 codon 1250-1464
網膜色素上皮肥厚 codon 463-1444
デスモイド codon 1444-1578
AFAP exon 4,5,9 および exon 15の3’end
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遺伝性非ポリポーシス性大腸癌(HNPCC)
   HNPCCはFAPのようなポリポーシスという明確な表現型がなく、形態学的には散発性大腸癌と区別ができない大腸癌が家系内に多発する疾患である。常染色体優性遺伝形式をとるが、浸透率は未だ確定していない。全大腸癌に占める割合は0.5〜5%とされている。我が国における全大腸癌に対するHNPCCの割合は、Japanese clinical criteriaに基づいた大腸癌研究会のアンケート調査では、0.24%であり、本邦においてはHNPCCに対する認識が不十分であることを示唆している。その後、大腸癌研究会により逐年調査が行われており、2000年の時点では、203家系836例が登録されている。しかし一方では、検診での家族歴の詳細な調査の結果、我が国には、少なく見積もっても、5万人の患者さんがいるという推定説もある。
 HNPCCにみられる大腸癌には、若年発症(平均45歳)、右側結腸優位(約70%が脾弯曲部より近位側)、同時性および異時性多発癌、他臓器重複癌の合併が多い、粘液癌と低分化腺癌の頻度が高い、予後が良好という特徴がある。
 HNPCCの原因遺伝子は1993年にミスマッチ修復遺伝子群であることが明らかになったが、FAPと異なりHNPCCの発症前診断は、ASCOが示した遺伝子診断の臨床応用の有用性を示す分類ではグループ2であり、発症前診断は研究段階といわざるを得ない。それはHNPCCの浸透率はなお不明であること、未確認原因遺伝子の存在が推測されていること、また特にhMLHlでミスセンス変異が同定された場合、多型との鑑別が必要であることなどによる。HNPCCが臨床的に強く疑われる家系構成員や、すでにミスマッチ修復遺伝子群の胚細胞性変異が確認されている症例では、20〜25歳から毎年の大腸内視鏡検査が推奨される。また、大腸外病変のスクリーニングも重要で、30歳からは子宮、卵巣癌に対しての経腟エコーやCA125検査、特に本邦においては上部消化管内視鏡検査による胃癌のスクリーニングも欠かすことが出来ない。
 Lynchらは、ミスマッチ修復遺伝子に生殖細胞変異を認めた場合、患者の選択による予防的大腸切除術(prophylactic colectomy)を、外科治療上の選択肢の1つとして薦めている。しかし、我が国における本症の正確な浸透率は不明であり、欧米と比べて低いと推定されるため、本邦では、現在のところ予防的大腸切除術施行は、難しいと考えられている。実際には、初発大腸癌に対しては、散発性大腸癌と同様の術式を選択し、異時性多発癌を認めた場合は、残存大腸の亜全摘術を施行する。HNPCCでは、その発癌メカニズムから、術後抗癌剤投与が第2癌の発生を促進する可能性も示唆されている。さらにHNPCCでは術後抗癌剤投与群の方が5年生存率が低い傾向にあるという報告もある。臨床上、術後抗癌剤投与に際しては慎重な配慮が必要である。
表2.HNPCC criteria
 
A. Amsterdam criteria II
There should be at least three relatives with an HNPCC-associated cancer (CRC, cancer of the endometrium, small bowel, ureter or renal pelvis):
all the following criteria should be present:
  a)one should be a first degree relative of the other two:
b)at least two successive generations should be affected:
c)at least one cancer should be diagnosed before age 50:
d)FAP should be excluded in the CRC case(if present):
e)tumors should be verified by pathological examination
 
B. Japanese criteria
1)第1度近親者に発端者を含む3例以上の大腸癌患者を認める大腸癌
2)第1度近親者に発端者を含む2例以上の大腸癌患者を認め、
なおかついずれかの大腸癌が次のa〜dのいずれかの条件を満たす大腸癌
  a)50歳以下の若年性大腸癌
b)右側大腸癌、脾弯曲部より近位
c)同時性あるいは異時性の大腸癌
d)同時性あるいは異時性の他臓器重複癌
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最近のトピックス
   FAPの表現型を示すがAPC遺伝子の胚細胞性変異を認めず、劣性遺伝形式をとるものや、AFAPに似た表現型をとるがAPC遺伝子の胚細胞性変異を認めないもの(いわゆる多発性大腸腺腫)が知られている。最近これらの症例の中に、塩基除去修復遺伝子であるMYH遺伝子の2つの対立遺伝子双方に胚細胞性変異を示すものがあることが報告された。また、これらの症例の腺腫において確認されるAPC遺伝子の体細胞性変異は、塩基除去修復機構の異常に起因すると思われるG:C→T:A置換であった。本邦においての報告はまだ無く、今後の研究課題である。この様に、広義のFAPは症候群として捉える必要があり、日常臨床では家族歴の綿密な聴取の重要性を再認識したい。
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おわりに
   遺伝性大腸癌について概説した。FAP、HNPCCの分子生物学的背景の完全な解明、発症前診断に関わる倫理的、社会的問題など解決しなければならない問題が多い。これらの問題を1つずつ確実に解決していくことが急務である。
 

2003年9月発行

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