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11月
監修:国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健

肝臓癌

肝細胞癌に対するSorafenibの開始用量に対する多施設後ろ向き研究


Reiss KA, et al.: J Clin Oncol. 35(31): 3575-3581, 2017

 肝細胞癌に対する一次治療としてFDAに唯一承認されている薬剤がSorafenibである1,2)。しかしながらSorafenibはその毒性が問題となり、市販後調査では31.7%の症例でgrade 3または4の有害事象が生じており、31.4%の症例でSorafenibの中止を余儀なくされている3)

 Sorafenibの承認用量は400 mg/回、1日2回経口投与である4)。少数例での試験ではあるが、50% doseで投与を開始し可能な症例では増量する試験が行われ、有害事象の減少と休薬・中止の減少が認められたとの報告がある5)。また25% doseで投与を開始し増量する試験も施行され、承認用量と変わらない結果を得ている6)

 本研究においては退役軍人保健局(Veterans Health Administration: VHA)の大規模コホートデータ(Corporate Data Warehouse: CDW)を用いて、Sorafenibの減量開始が承認用量に比してOSで非劣性を示せるかを検証した。また投与期間、有害事象、総投与量、総費用についても評価を行った。

 2006年1月から2015年4月までに128の退役軍人保健病院にてSorafenibによる治療を受けたHCC患者の情報をCDWから抽出した。初回投与量がSorafenib 800 mg/日の群をstandard starting dose sorafenib(SDS)群と定義し、Sorafenib 800 mg/日未満の群をreduced starting dose sorafenib(RDS)群と定義した。不適格例を除外し最終的には計4,903例(SDS群3,094例、RDS群1,809例)を抽出した。

 主要評価項目はOS、副次評価項目はSorafenib内服日数、有害事象による内服中止割合、Sorafenibに対するコストとした。

 統計仮説として、RDS群のSDS群に対するHR非劣性マージンを1.1と定めた。これはOSでは3週間の差に相当する。全4,903例を解析対象とした場合、片側α=0.025とすると検出力88%となった。また、解析に際し傾向スコアマッチングによる補正を加えた解析も行った。1,809例のRDS群のうち134例(7%)は1つ以上の変量が欠けており傾向スコアが計算できなかったため、残りのRDS群1,675例に対して同数のSDS群1,675例をマッチングさせ傾向スコアマッチングを行った。その結果、共変量のバランスは十分に均整がとれていた。これらを解析対象とした場合は検出力77%となった。傾向スコアマッチングの構築に用いた共変量はロジスティック回帰モデルによって選別された、Cirrhosis Comorbidity Index (CirCom) score、Model for End-Stage Liver Disease Sodium (MELD-Na) score、Child-Turcotte-Pugh (CTP) score、The Barcelona Clinic Liver Cancer (BCLC) stage D、アルコール摂取継続中、局所浸潤、転移、Sorafenib投与前のラジオ波焼灼術であった。

 RDS群の平均開始投与量は367 mg/日であり、うち40%は開始後2ヵ月以内に増量が行われていた。開始後1ヵ月間で比較すると、SDS群での投与量は791±62 mg/日、RDS群では412±152 mg/日であった。開始後6ヵ月間の平均値でも依然としてRDS群では投与量が少なく、SDS群で678±200 mg/日、RDS群で573±227 mg/日であった。

 またSDS群のうち2.2%で開始後1ヵ月以内に減量を行い、11.6%で開始後2ヵ月以内に減量が行われた。RDS群のうち11.7%で開始後1ヵ月以内に増量を行い、29.8%で開始後2ヵ月以内に増量が行われた。開始後2ヵ月以内にRDS群の31.7%、SDS群の33.7%で何らかの理由によりSorafenib投与が中止されていた。

 治療開始前の患者の特徴をみると、RDS群はSDS群に比べて状態不良な傾向がみられた。具体的には有意にBCLC stage Dが多く、MELD-Na scoreが高く、CTP scoreが高く、CirCom scoreが高く、アルコール乱用が多く、腹水貯留が重篤であり、肝性脳症が多い、という特徴を呈した。またより高齢で、PSが不良という傾向も認められた。

 傾向スコアマッチング前の解析においては、RDS群のOSはSDS群に比して短く(生存期間中央値200日vs. 233日)、HRは1.10(95% CI: 1.04-1.18、p=0.002)であり、非劣性を示せなかった。これに対し傾向スコアマッチングによって補正をかけた解析ではHRは0.96(95% CI: 0.87-1.06、非劣性p値[pni]=0.03)となり有意に非劣性が示された。また交絡因子に対し多変量モデルによってさらなる補正をかけた解析においても、HRは0.92(95% CI: 0.83-1.01、pni<0.001)となり、有意に非劣性が示された。

 コストに関しては、Sorafenibの投与日数は両群でほぼ同等であったものの一日当たりの処方量がRDS群のほうが少ないため、総コストはRDS群でSDS群に比して有意に少なかった(中央値:$5,636 vs. $8,661、p<0.01)。

 有害事象に関しては、傾向スコアマッチング前の解析においては両群において有害事象による中止の割合は同等であり(20% vs. 21%、p=0.18)、増悪まで投与継続が可能であった割合も同等であった(27% vs. 28%、p=0.26)。

 有害事象による中止となった全体の理由としては、消化器毒性による中止が最も多く、続いて疲労、手足症候群の順であった。RDS群においては手足症候群による中止が有意に少なかった(3% vs. 5%、p=0.05)。

 一方で、傾向スコアマッチングを行った解析では、RDS群で有害事象による中止が少ない傾向がみられた(19.6% vs. 22.4%、p=0.056)。RDS群では有意に消化器毒性による中止が少なかったが(8.7% vs. 10.8%、p=0.047)、その他の理由による中止に有意な差はみられなかった。

 事前に定められたサブグループ解析(ECOG score、CTP score、BCLC score)において、有意なOSの差は見出せなかった。傾向スコアマッチングを行い、交絡因子を調整した解析において、PS良好群(PS 0-2)では、RDS群のOSがSDS群に比べて劣ることはなかったが(HR: 0.91、95% CI: 0.81-1.01、pni<0.01)、PS不良群(PS 3-4)においては、RDS群の非劣性を示せなかった(HR: 1.07、95% CI: 0.33-3.53、pni<0.48)。肝機能障害別の解析においては、CTP class AとCTP class BではOSに有意な差を認めなかったが(CTP class A/HR: 0.95、95% CI: 0.82-1.10、pni<0.022;CTP class B/HR: 0.93、95% CI: 0.79-1.09、pni<0.026)、CTP class Cにおいては非劣性を示せなかった(HR: 1.02、95% CI: 0.55-1.88、pni<0.41)。同様にBCLC stage Cとstage Dにおいては非劣性を示せなかった(BCLC stage C/HR: 0.96、95% CI: 0.79-1.17、pni<0.12;BCLC stage D/HR: 0.88、95% CI: 0.53-1.47、pni<0.20)。

 本研究における結論として、傾向スコアマッチングを行い交絡因子に対して補正をかけることにより、RDS群のSDS群に対するOSに関する非劣性が示された。

 傾向スコアマッチングを行った解析から、RDS群において消化器毒性による中止が少なく、その他の有害事象による中止も少ない傾向がみられた。これらは既報のデータと矛盾しない結果となった5)。また、RDS群においては症例毎の1日当たりの処方量が少なくなっており、総コストの有意な減少がみられた。

 本研究の特長として、国家的な大規模データベースを用いたことで生存解析やその他の解析を行うのに十分な症例数が確保されている点、外的妥当性が保たれている点、臨床試験として治療された症例を含んでいないため、より正確に(データ収集を行った米国における)実臨床を反映しているという点、そして、退役軍人保健局(VHA)のデータを用いたことで、より正確にSorafenibの処方やコストの情報を収集できた点が挙げられる。

 一方で、そもそも傾向スコアマッチングは全ての交絡因子を反映しているという前提に基づいた解析であるが7)、実際には未知の交絡因子を反映していない可能性があることに注意が必要である。また、VHAの症例のみの解析のため、肝細胞癌患者の実際の特徴を完全には反映していない可能性も考えられる。しかしながら、性別以外の患者背景は、GIDEON試験や SHARP試験などの過去の臨床試験と大きな違いはみられなかった1,3)

 未だに多くの医師が通常用量でSorafenibを開始しているという現状において、本研究のデータは、Sorafenibの減量開始が安全かつ合理的な戦略である可能性を示唆したといえる。


日本語要約原稿作成:慶應義塾大学病院 消化器内科 鈴木 健



監訳者コメント:
肝細胞癌に対するSorafenibは減量開始が良いのか? 良いとはいえない。

 肝細胞癌に対するSorafenibは薬物有害反応による中止も多く実地診療では減量して開始されることも、しばしばある。本研究はレトロスペクティブに通常量開始Sorafenibと減量開始Sorafenibを比較した研究でありバイアスを考慮して傾向スコアマッチングを用いると両群に差がみられなかった。果たして、この研究結果をもとに減量Sorafenibを標準治療とみなしてよいのであろうか?

 本邦では肝細胞癌に対する全身化学療法は消化器内科あるいは消化器外科医が携わることが多く専門的な知識とトレーニングをうけた薬物療法専門医が関わることは少ない。実地診療で極端な減量開始や低用量のSorafenib療法を目にすることも多い。実際に肝細胞癌の診療は背景の肝障害に左右されるため肝予備能が悪い状態で実施されることも多いため有害事象への配慮は極めて重要なことも事実である。問題は「全身状態が良好な肝細胞癌」に対して減量した治療を実施すべきか、という疑問である。

 本研究をみると減量開始群は必要に応じて標準量への増量を試みられているもののdose intensityは相対的に標準開始群と比較し一貫して低用量である。標準治療可能例において治療域に到達していない症例が存在し当初期待されるリスクベネフィットを再現できていないかもしれない。リスクを減らすことができても期待するベネフィットが得られない可能性があるのであれば、本来の治療目的が得られないかもしれない。この研究結果を見る限り肝予備能が良好な肝細胞癌に対するSorafenib療法は減量開始すべきとはいえない。

 最近、報告された二つの臨床試験結果も加味して検討してみる必要がある。ひとつはSorafenib不応後のRegorafenib対プラセボの第III相試験である(RESORCE試験)8)。本研究はSorafenib不応後の標準量Regorafenib群が圧倒的な結果でプラセボ群を上回る成績を示した(HR: 0.63)。RegorafenibはSorafenibと類似するチロシンキナーゼ阻害剤でSorafenibよりはるかに有害事象が多いことで知られている。同系統の薬剤をセカンドラインに用いて生存期間の延長を示したことは、Sorafenibのdose intensity維持が重要であることを示唆している。もうひとつの重要な臨床試験はSorafenibとLenvatinibの第III相試験である(REFLECT試験)9)。この試験は標準Sorafenibに対してLenvatinibの非劣性を検討しており生存において非劣性を証明することができたものの標準量Sorafenibに対して優越性は証明できていない。試験全体の解釈は毒性のプロファイルなどを含めて評価する必要があるものの、標準量Sorafenibの成績は臨床試験では一貫して良好であり再現性がある。安易な減量には疑問を感じる。

 減量Sorafenibをスタンダードにするためには前向き第III相試験を実施しなければ永遠に解決できない。ただしコストや労力を考慮すると現実的には比較試験は実施できないため、本研究を参考に個別の症例で適切に治療していくしかないが客観的な基準が必要であろう。

  •  1) Llovet JM, et al.: N Engl J Med. 359(4): 378-390, 2008 [PubMed]
  •  2) Cheng AL, et al.: Lancet Oncol. 10(1): 25-34, 2009 [PubMed]
  •  3) Lencioni R, et al.: Int J Clin Pract. 68(5): 609-617, 2014 [PubMed]
  •  4) Strumberg D, et al.: J Clin Oncol. 23(5): 965-972, 2005 [PubMed]
  •  5) Kim JE, et al.: Oncology. 82(2): 119-125, 2012 [PubMed]
  •  6) Cabrera R: Sorafenib Dose Ramp-Up in Hepatocellular Carcinoma (HCC). https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01203787
  •  7) Brookhart MA, et al.: Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 6(5): 604-611, 2013 [PubMed]
  •  8) Bruix J, et al.: Lancet. 389(10064): 56-66, 2017 [PubMed]
  •  9) Cheng A-L, et al.: J Clin Oncol. 35(15_suppl): 4001-4001, 2017

監訳・コメント:慶應義塾大学病院 腫瘍センター 浜本 康夫

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