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第5回 癌分子標的薬の歴史

2. 大腸癌に対する癌分子標的薬

2.2 EGFR
表4 EGFRを標的とした分子標的薬
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 上皮成長因子受容体 (epidermal growth factor receptor: EGFR) は、正常組織では細胞分化や増殖、維持に重要な役割を果たしている一方で、癌組織においても増殖や浸潤、転移に強く関与し、大腸癌の60-80%でEGFRの高発現を認める。EGFRにEGF、TGF-αなどのリガンドが結合すると、細胞内チロシンキナーゼドメインが自己リン酸化し、さらに下流へのシグナル伝達経路が活性化される。そのため、EGFRを標的とした抗体薬およびチロシンキナーゼ阻害剤の臨床開発が行われてきた。

2.2.1 Cetuximab (IMC-C225)

 CetuximabはEGFRを標的とするIgG1キメラ型ヒト/マウスモノクローナル抗体である。Cetuximabでは単独投与またはCPT-11、Cisplatin (CDDP)、5-FUなど様々な細胞傷害性抗癌剤との併用において抗腫瘍効果が種々のヒト腫瘍移植モデルで確認され、1994年から臨床試験が開始された。固形癌を対象に、Cetuximab単回投与 (5〜100mg/m2)、週1回連続投与 (5〜100mg/m2)、CDDP併用療法 (Cetuximab投与量5〜400mg/m2) の第I相試験が行われ、Cetuximabのクリアランスが飽和に達する投与量は200mg/m2以上、週1回投与であった52)。また、頭頸部癌を対象にCetuximabと放射線療法、CDDPとの併用療法を検討した第I相試験では、Cetuximabの投与量を初回100〜500mg/m2、2週目以降100〜250mg/m2で増量して行われた。初回投与量を400mg/m2、その後の維持投与量を250mg/m2で週1回反復投与する投与法 (400/250法) において腫瘍組織でのEGFRがCetuximabによって十分飽和されていたこと、500/250mg/m2の用量では皮膚毒性の発現頻度が高かったこと等が考慮され、以後の試験では400/250法が採用されることとなった53)
 EGFR陽性固形癌を対象にしたCPT-11 + Cetuximab療法の第I相試験ではCPT-11併用によるPKの変化は認められず、前臨床試験にて、CPT-11耐性大腸癌細胞株に対するCPT-11 + Cetuximab療法の有効性が認められたことから、CPT-11 + Cetuximab療法の第II相試験が行われた54)。EGFR陽性でCPT-11不応の大腸癌138例を対象としてCPT-11 + Cetuximab療法が行われ、奏効率 15%、TTP中央値2.9ヵ月と良好な結果であった。さらに、CPT-11不応例に対するCetuximab単独療法とCPT-11 + Cetuximab療法とを比較する無作為化比較第II相試験が行われ (BOND試験)、奏効率はCetuximab単独群10.8%、CPT-11併用群22.9%とCPT-11併用による有意な上乗せ効果を認め (p=0.007)、PFS中央値もCetuximab単独群1.5ヵ月、CPT-11併用群4.1ヵ月とCetuximab群で有意に良好であった (HR=0.54, p<0.001) 55)。以上の結果から、米国FDAは2004年2月にEGFR陽性のCPT-11抵抗性大腸癌に対してCetuximab単独およびCPT-11 + Cetuximab療法を承認した。その後、BOND試験の後解析において腫瘍のEGFR発現度合と奏効率に相関が認められないことが分かり、現在ではEGFR発現の有無はCetuximabの効果予測因子ではないと考えられている。

2.2.2 Panitumumab (ABX-EGF)

 Panitumumabは、EGFRに特異的に結合する遺伝子組換え型の完全ヒト型IgG2モノクローナル抗体であり、開発背景には完全ヒト型抗体を作成する技術の進歩があった。基礎実験では、EGFRの細胞外ドメインIIIに結合し、Cetuximabと比較して約8倍親和性が高いことが示されている56)。2000年から開始された用量漸増第T相試験では、Panitumumabの投与量1.0、1.5、2.0、2.5mg/kg/weekと増量され、2.5mg/kgを投与した21例において、最大耐性量ではないものの薬力学的マーカーと考えられる皮疹が100%認められたこと、トラフ値が異種移植癌モデルでのIC90を超えていたことから、2.5mg/kgの週1回投与が至適用量と決定された57)。さらに、Panitumumabの半減期が5-9日と比較的長いことから、2週毎、3週毎の投与法が検討され、それぞれ6.0mg/kg 2週毎、9.0mg/kg 3週毎が適切であると決定された58)。また、それぞれの投与法での初回投与後のトラフ濃度は先のIC90値以上であったことから、初回負荷投与は不要と判断された。第I相試験での探索的な抗腫瘍効果の検討にて、奏効例のほとんどが大腸癌であったことから、以後の治療開発は大腸癌を優先として行われた。
 CPT-11およびL-OHP不応のEGFR陽性大腸癌患者に対してbest supportive care (BSC) とPanitumumab療法とを比較する第III相試験 (20020408試験) が行われ、主要評価項目のPFSは中央値がBSC群7.3週、Panitumumab群8.0週と、Panitumumab群で良好であった (HR=0.54, 95% CI: 0.44-0.66, p<0.0001) 59)。OSでは両群に差を認めなかったが (p=0.81)、BSC群の76%が後治療としてPanitumumab療法の第II相試験に登録されていた。この結果を受けて、Panitumumabは2006年9月にFDAで承認された。その後、463例中427例 (92%) でAllele-specific PCR法によるKRAS遺伝子解析が行われた結果、KRAS変異型 (43%) ではPFSに有意差を認めなかったのに対し (HR 0.99)、KRAS野生型 (57%) におけるPFS中央値は、BSC群7.3週、Panitumumab群12.3週と、Panitumumab群で有意に良好であった (HR=0.45, p<0.0001) 60)。その他、CetuximabおよびPanitumumabを用いた第III相試験の後解析から、抗EGFR抗体薬の臨床効果はKRAS変異型には認められないことが明らかとなった。そのため、2009年6月、米国FDAはCetuximab、Panitumumabの添付文書に「抗EGFR抗体薬の使用はcodon 12または13のKRAS遺伝子変異があれば勧められない」と追記することを承認している。

2.2.3 その他の抗EGFR抗体薬

 Matuzumab (EMD72000) はEGFRに対するヒト化IgG1抗体である。大腸癌、胃癌、非小細胞肺癌を対象に臨床開発が進められたが、期待するほどの効果が得られず、2008年に開発中止となった。
 Zalutumumab (HuMax-EGFr) は完全ヒト化IgG1抗体である。頭頸部扁平上皮癌を対象に第III相試験が行われたが、有効性が証明されず61)、2011年開発が中止された。
 Necitumumab (IMC-11F8) はEGFRに対する完全ヒト化IgG1抗体である。非小細胞肺癌、特に扁平上皮癌を対象に臨床開発が進んでいる。大腸癌に対しては初回治療におけるmFOLFOX6 + Necitumumabの第II相試験が行われている62)
 Nimotuzumab (h-R3) はEGFRに対するヒト化IgG1抗体である。EGFRへの親和性がやや弱く癌細胞に比較して正常皮膚への結合が弱いため、有害事象としての皮疹が同系統の薬剤と比較して軽度である。CPT-11不応大腸癌におけるCPT11 + Nimotuzumab療法の第II相試験が行われたが奏効率3.4%と、期待された効果は得られなかった63)。現在、頭頸部癌、非小細胞肺癌、胃癌などを対象とした臨床開発が優先されている。

2.2.4 抗EGFR抗体薬とBevacizumabとの併用療法

 大腸癌細胞株移植動物モデルを用いた基礎実験にてVEGF阻害剤と抗EGFR抗体薬により相乗的な抗腫瘍効果が認められたことから64)、VEGF阻害剤と抗EGFR抗体薬との併用療法が試みられた。CPT-11不応の大腸癌を対象にCPT-11 + Cetuximab + Bevacizumab療法とCetuximab + Bevacizumab療法とを比較した無作為化第II相試験 (BOND-2試験) では、CPT-11併用群で奏効率37%、TTP中央値7.3ヵ月であり65)BOND試験におけるCPT-11 + Cetuximab療法の成績 (奏効率22.9%、TTP中央値4.1ヵ月) よりも良好な傾向であった55)
 一方で、大腸癌初回治療例に対するBevacizumabと抗EGFR抗体薬との併用に関しては、2つの第III相試験が行われている。XELOX + Bevacizumab療法とXELOX + Bevacizumab + Cetuximab療法とを比較した第III相試験 (CAIRO2試験) では、主要評価項目のPFSにおいて中央値10.7ヵ月 vs. 9.4ヵ月 (HR=1.22, p=0.01) とCetuximab併用群で有意に劣っていた66)。また、KRAS野生型に限定した解析においてもPFS (p=0.30)、OS (p=0.64)と、いずれもCetuximabの上乗せ効果を認めなかった。さらに、CPT-11もしくはL-OHPベースの化学療法 + Bevacizumab療法に対するPanitumumabの上乗せ効果を検討した第III相試験 (PACCE試験) が行われたが、中間解析にて主要評価項目であるPFSがPanitumumab併用群で有意に劣っていたため (HR=1.44, p=0.004)、登録中止となった67)。これらの結果を受け、当時行われていた抗EGFR抗体薬とBevacizumabを直接比較する第III相試験 (初回治療: CALGB80405試験、2nd-line: SWOG0600試験) において、両者を併用する治療群は登録中止となった。
 CAIRO2試験、PACCE試験で抗EGFR抗体薬併用群の有効性が認められなかった要因は明らかではない。毒性に関しては抗EGFR抗体薬による皮疹や下痢の増強は認められるものの、5-FUやL-OHPのDIは抗EGFR抗体薬併用の有無で大きな違いはないと報告されている。むしろ、抗EGFR抗体薬とBevacizumabとの相性の悪さが原因であると考えられており、実際、Bevacizumab併用において、腫瘍のCetuximabの取り込みが42%も低下するという報告もされている68)

2.2.5 EGFRチロシンキナーゼ阻害剤
2.2.5.1 Gefitinib (ZD1839)

 GefitinibはEGFRのチロシンキナーゼを選択的に阻害する低分子性分子標的抗癌剤である。本邦で1998年に固形癌を対象に行われた第I相試験 (1日1回投与2週内服2週休薬) では、非小細胞肺癌23例、大腸癌5例を含む31例が登録された。700mgの投与量レベルにおいてgrade 3のDLTが6例中2例 (下痢、ALT増加) に認められたため、MTDは700mgと決定された69)。なお、5例に奏効を認めたが、全例が非小細胞肺癌であった。また、プラチナ製剤を含む前治療歴のある非小細胞肺癌を対象にしたGefitinib (250、500mg/day) の無作為化第II相試験では、両群の奏効率はほぼ同等 (18.4% vs. 19.0%) であったが、皮疹、下痢、肝機能障害の毒性頻度は500mg群で高かった70)。よって、以後の非小細胞肺癌での開発は投与量250mg/dayで開発され、本邦では2002年、米国では2003年に承認された。
 一方、前臨床試験においてGefitinibは大腸癌細胞株に対しても抗腫瘍効果を有し、殺細胞性抗癌剤との相乗効果が報告されていた。しかし、5-FU + CPT-11の前治療歴のある大腸癌115例を対象に行われたGefitinib単剤療法 (250、500mg) の第II相試験では、奏効例は500mg群の1例のみであり (奏効率1%)、PFS中央値1.9ヵ月、OS中央値6.3ヵ月であった71)。また、前治療歴のある大腸癌28例を対象にGefitinibを750mg/dayに増量した第II相試験では、奏効例を認めなかった72)。Kuoらは前治療歴のある27例を対象に、FOLFOX4 + Gefitinib (500mg) 療法の第II相試験を行い、奏効率33%、EFS (event-free survival) 中央値5.4ヵ月、OS中央値12.0ヵ月と報告している73)。Fisherらは初回治療におけるFOLFOX4 + Gefitinib (500mg) 療法の第II相試験 (45例) において、奏効率72%、TTP中央値 9.3ヵ月、OS中央値20.5ヵ月と報告している74)。いずれの試験も効果は比較的良好であったが、grade 3/4の下痢が48〜67%、好中球減少が48〜60%と有害事象は忍容できるものではなかった。また、CPT-11との併用療法も、いくつかの第I/II相試験が報告されている。初回治療におけるFOLFIRI療法とFOLFIRI + Gefitinib (250mg) 療法とを比較した無作為化第II相試験では、奏効率はFOLFIRI群47.9%、Gefitinib併用群45.1%、PFS中央値はそれぞれ8.3ヵ月、8.3ヵ月、OS中央値は18.6ヵ月、17.1ヵ月と差を認めず、grade 3/4の下痢はそれぞれ2.1%、33.3%と有意にGefitinib併用群で多かった75)。以上から、大腸癌に対するGefitinibは、単剤では効果が不十分であり、細胞傷害性抗癌剤との併用では重篤な下痢等の有害事象の増加を認めた。

2.2.5.2 Erlotinib (OSI-774)

 ErlotinibもGefitinib同様にEGFRのチロシンキナーゼを選択的に阻害する内服薬であり、米国を中心に開発が進められた。固形癌を対象にした第I相試験にて、200mg群で6例中2例にDLT (grade 3/4の下痢) が認められ、推奨用量は150mg/dayと決定された76)。そして、前治療歴のある非小細胞肺癌を対象にplacebo群との第III相試験にて有意な生存期間延長を示し (p<0.001) 77)、2004年に米国で承認された。
 大腸癌においては、既治療例の大腸癌を対象にしたErlotinib (150mg) 単剤療法の第II相試験が行われたが、奏効率は0%であった78)。また、初回治療例を対象に、Capecitabine単独療法、Capecitabine + Erlotinib療法、Erlotinib単独療法の3群を比較する無作為化第II相試験では、Erlotinib単独群は成績不良のため途中で登録中止となり、Capecitabine単独群とErlotinib併用群との比較において奏効率、TTP、OSに有意差を認めなかった79)。一方、有害事象の頻度はCapecitabine単独群と比較してErlotinib併用群で高かった。L-OHPとErlotinibの併用もいくつか報告がされている。Meyerhardtらによる大腸癌既治療例32例を対象としたXELOX + Erlotinib (150mg) 療法の第II相試験では、奏効率25%、PFS中央値5.4ヵ月と治療成績は良好であった80)。しかし、grade 3/4の有害事象として下痢38%、悪心・嘔吐19%、疲労16%、皮疹13%が認められ、忍容できるとは言い難い毒性プロファイルであった。FOLFIRIとErlotinibの併用療法でも、第I相試験で設定された最小投与量において皮疹、下痢、好中球減少がDLTとして出現していたため、FOLFIRIとの併用療法は忍容できないと考えられた。

 初回治療後の維持療法としてBevacizumab単独療法とBevacizumab + Erlotinib併用療法とを比較した第III相試験 (GERCOR DREAM試験) では、主要評価項目である維持療法におけるPFSの中央値がBevacizumab群4.57ヵ月、Erlotinib併用群5.75ヵ月と、Erlotinib併用群で有意に良好であった (HR=0.73, 95% CI: 0.59-0.91, p=0.0050) 81)。Grade 3以上の下痢 (1% vs. 9%)、皮膚毒性 (0% vs. 20%) の頻度がErlotinib併用群で多かったが、忍容可能であると考えられた。Bevacizumab単剤に対してではあるもののBevacizumab + Erlotinib療法が一定の効果を示したことは評価できるが、大腸癌においてBevacizumab単剤が標準治療とは認識されていないこと、維持療法のPFSが主要評価項目として妥当であるかどうかなど、本治療の臨床的意義は明確にはなっていない。

2.2.5.3 その他のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤

 LapatinibはEGFR、HER2を標的とする低分子性分子標的抗癌剤であり、in vitroでのIC50はそれぞれ10.8nM, 9.2nMと報告されており82)、現在、HER2陽性乳癌を対象に適応承認が得られている。大腸癌に対してはEGFR阻害効果を期待していくつか臨床試験が行われているが、5-FU、CPT-11、L-OHP不応の大腸癌患者を対象にしたCapecitabine + Lapatinib療法の第II相試験では、奏効例を認めず効果は得られなかったと報告されている83)。Lapatinibは現在、頭頸部癌やHER2過剰発現胃癌を対象とした第III相試験が行われており、大腸癌に対する治療開発は進んでいない。
 Pelitinib (EKB-569) はEGFRを不可逆的に阻害する低分子性分子標的抗癌剤である。大腸癌を対象にCapecitabineやFOLFIRIとの併用療法の第I相試験が行われたが84, 85)、2009年に開発企業であったワイスがファイザー社に買収されたのを契機に、EKB-569は開発中止となっている。なお、ファイザー社はEGFR、HER2、HER4に対する不可逆的阻害剤であるDacomitinib (PF-00299804) を主にEGFR変異陽性の非小細胞肺癌を対象として臨床開発を進めている。
 Afatinib (BIBW2992) はEGFR、HER2、HER4を不可逆的に阻害する低分子性分子標的抗癌剤である。現在、EGFR変異陽性非小細胞肺癌、HER2陽性乳癌、頭頸部癌を対象に第III相試験が行われている。また、大腸癌に対しても、Afatinib単剤療法の第II相が行われている86)

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