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第5回 癌分子標的薬の歴史

1. 癌分子標的薬総論

1.1 癌分子標的薬の特徴
表2 細胞傷害性抗癌剤と癌分子標的薬の違い
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 癌分子標的薬は、癌細胞の増殖・進展に関わる重要な分子 (群) を直接標的とした治療薬であり、従来の細胞傷害性抗癌剤と対比した呼称である。その違いをいくつか挙げる。細胞傷害性抗癌剤の薬剤スクリーニングは、一般的に癌細胞株を用いた増殖アッセイにて行うが、癌分子標的薬では標的分子の阻害活性によりスクリーニングされることが多い。また、細胞傷害性抗癌剤の標的は癌細胞の核酸 (DNA、RNA) であるが、癌分子標的薬の標的は様々であり、癌細胞だけでなく癌組織周辺の血管内皮細胞などの間質細胞も標的となり得る。薬効の点でも、細胞傷害性抗癌剤は癌の縮小が効果の指標となるが、癌分子標的薬では必ずしも腫瘍縮小と効果が相関するとは限らず、長期の増殖抑制効果のみを有する薬剤も多い。また、癌分子標的薬は癌特異的な分子を標的とするため、腫瘍選択性が高く毒性も軽度であることが期待される。しかし、癌分子標的薬では、EGFR阻害剤による皮疹、間質性肺炎やVEGF阻害剤による高血圧、創傷治癒遅延、蛋白尿、血栓塞栓症、消化管穿孔など、標的となる分子に特有の毒性や開発段階では予想されない毒性が生じる。
 癌分子標的薬では、標的分子が明らかなために科学的根拠としてのPOP (proof of principle) が求められ、効果が期待できる集団を早期から特定し、そのバイオマーカーを用いて臨床試験を行うことが期待される。しかし、癌分子標的薬の歴史を振り返ると、初期は開発早期からのバイオマーカー研究がないがしろにされたため、効率的な開発が行われなかった。その反省から、2005年に米国FDAによってDrug-Diagnostic Co-Development構想が提唱され、現在では効果予測診断法 (コンパニオン診断薬)と薬剤開発とが同時進行で行われる開発戦略が推奨されている。

1.2 癌分子標的薬の種類
1.2.1 低分子性分子標的抗癌剤

 低分子性分子標的抗癌剤は癌細胞内のシグナル伝達分子を標的として阻害効果を示し、合成や量産が比較的容易であることから経口薬が多い。2001年Imatinibが最初に医薬品としてFDA承認され、現在使用されている低分子性分子標的抗癌剤の多くが、キナーゼを標的とするキナーゼ阻害剤である。キナーゼはATPのリン酸基をアミノ酸残基にあるヒドロキシ基に移動させ、共有結合させる活性を有する。また、キナーゼ自身の活性化調節も自分自身のリン酸化によって行われる (自己リン酸化)。Gefitinib、Imatinibなど低分子キナーゼ阻害剤のほとんどがATP結合部位に競合的に阻害することでシグナル伝達を遮断するものが多い。一方で、MEK阻害剤であるTrametinibはキナーゼの活性部位とは別の場所に結合することで酵素活性を低下させる (アロステリック効果) 化合物である。
 低分子性分子標的抗癌剤の開発では、まず分子生物学的な理論に基づいて標的分子を決定し、その分子に狙いを定めて活性を阻害する化合物を各製薬会社が持つ化合物ライブラリーの中から探し出す作業が行われる (ハイスループットスクリーニング)。あるいは、標的分子の立体的構造や物理化学的特性から、どうような化合物が活性部位に適合するかを考慮して設計していく方法もある。これらの手法により得られた化合物を有力候補 (リード化合物) として、さらに有効性、選択性、薬物動態などを改良していきながら最適化していく。低分子性分子標的抗癌剤の欠点として、少なからず標的分子以外にも作用する可能性があり (オフターゲット効果)、これが予測できない毒性に繋がることがあるため特に注意を要する。

1.2.2 モノクローナル抗体医薬
図1 モノクローナル抗体の構造
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 抗体とは、特定の分子 (抗原) を認識して結合する軽鎖と重鎖からなる四量体タンパクである。抗体医薬が薬効を発揮する機序は、@抗原である標的分子に結合することによって標的分子の機能を制御する、A抗体が有する抗体依存性細胞傷害活性 (antibody-dependent cellular cytotoxicity: ADCC) や補体依存性細胞傷害活性 (complement-dependent cytotoxicity: CDC) などのエフェクター活性によって標的分子を発現する細胞を除去する、の2つに大別される。抗体医薬のアイソタイプは、エフェクター活性を有して半減期が長いことからIgGが広く用いられ、サブクラスはエフェクター活性が必要な場合にはIgG1が、逆に不要な場合にはIgG2やIgG4が用いられる。
 1970年代にLindemannやJerneらが提唱したidiotypic network theoryに基づき1, 2)、1980年代にCEAや17-A1 (EpCAM) など腫瘍関連抗原に対するマウスモノクローナル抗体による抗体療法が試みられた。17-A1に対するマウスIgG2a抗体のEdrecolomabの臨床試験が行われ、生体内での抗idiotypic抗体の誘導が確認されたが、結腸癌術後補助化学療法として5-FU/LV療法との併用を検討した第III相試験では上乗せ効果を示せなかった3)
 マウスモノクローナル抗体を癌分子標的薬として用いる場合、ヒトに対する抗原性を有することからHAMA (human anti-mouse antibody) が誘導され、抗体の活性減弱や半減期短縮を招く点、アナフィラキシーを生じ頻回投与が困難な点が問題となった。そこで、マウス抗体の定常領域をヒト由来のものに置き換えたキメラ抗体が開発された。キメラ抗体は、可変領域がマウス由来のため抗原結合性は保持され、HAMAの出現頻度が低く、血中半減期が長いといった利点を有しており、1997年にRituximabが悪性リンパ腫に対する抗体医薬品として初めて承認されている。一方でヒト抗キメラ抗体 (human anti-chimeric antibody: HACA) の出現や重篤なinfusion reactionも報告されたため、いっそうの免疫原性低下を目的に、抗原結合部位である相補性決定領域 (complementarity determining region: CDR) 以外をヒト型に置換したヒト化抗体が開発された。その後1990年代後半に、完全にヒト抗体の構造を有する完全ヒト化抗体の作成が可能となって以降、抗体医薬の主流となっている。
 さらに、抗体工学の発展により様々な工夫が施された抗体医薬が登場している。2009年に欧州で癌性腹水の治療薬として承認されたCatumaxomabは、リンパ球表面分子CD3と腫瘍抗原EpCAMの双方を標的にする二重特異抗体であり、局所にエフェクター細胞を集積することで相乗効果が期待できる。また、抗体に抗癌剤や放射性同位元素などを結合させ腫瘍を選択的に傷害させる融合抗体の開発も盛んである。T-DM1はHER2の抗体医薬であるTrastuzumabに細胞傷害性抗癌剤DM1が結合した構造をしており、細胞内に吸収されるとDM1が放出されて殺細胞効果が増強され、乳癌ではTrastuzumabを上回る効果が報告されている4)。また、定常領域のアミノ酸配列を変化させたり糖鎖修飾を施したりすることでエフェクター効果を高めている抗体医薬もある。例えば、Mogamulizumabは成人T細胞白血病リンパ腫 (ATL) 細胞の表面抗原であるCCR4に対する抗体医薬であるが、ADCC活性を高める目的で抗体が保有する糖鎖の中のフコースを低下させた抗体になっている。

1.2.3 その他

 現在承認されている癌分子標的薬の多くが低分子性分子標的抗癌剤かモノクローナル抗体医薬であるが、ホルモン療法で用いられる内分泌療法剤や、急性前骨髄球性白血病 (APL) に用いられる全トランス型レチノイン酸 (ATRA)、多発性骨髄腫で用いられるサリドマイド系薬剤も癌分子標的薬に含まれる場合がある。また、遺伝子工学技術の進歩により抗体医薬以外のバイオ医薬品も登場している。例えばAfliberceptはVEGFR-1とVEGFR-2の細胞外ドメインの一部をヒトIgG1のFc領域に融合させた受容体/IgG抗体Fc融合タンパク質医薬品であり、卵巣癌を対象に第III相試験が行われているTrebananib (AMG386) は、アンジオポエチン-1, 2に結合するペプチドとヒトIgG1のFc部分を融合させたタンパク質医薬品 (ペプチボディ) である。なお、癌細胞の表面抗原 (腫瘍抗原) を免疫担当細胞に認識させて抗腫瘍効果を持つペプチドワクチンは、癌分子標的薬と呼ばれる場合もあるが、免疫担当細胞を介した間接的な標的治療であるため、(狭義の) 癌分子標的薬には含まれない。

1.3 癌分子標的薬の標的分子

 癌分子標的薬の標的となる分子を発見するためには、癌の特徴、つまり癌と正常組織とがどのように異なるのかを明らかにすることから始まる。HanahanとWeinbergは2000年にCell誌に「Hallmarks of Cancer」と題してレビューし、癌のホールマーク (特徴) として、Self-sufficiency in growth signals, Insensitivity to anti-growth signals, Tissue invasion & metastasis, Limitless replicative, Sustained angiogenesis, Evading apoptosisの6つを挙げた5)。そして、それぞれの特徴を司っている分子が、癌治療の標的分子候補と考えられ、盛んに分子標的薬の開発が行われた。なお、2011年には「Hallmarks of Cancer: The Next Generation」と題してアップデートされており、この中では、2000年以降の癌研究の成果を踏まえ、新たに4つのホールマークが追加され、Sustaining proliferative signaling, Evading growth suppressors, Avoiding immune destruction, Enabling replicative immortality, Tumor-promoting inflammation, Activating invasion & metastasis, Inducing angiogenesis, Genome instability & mutation, Resisting cell death, Deregulating cellular energeticsの10項目が挙げられている6)
 現在承認されている薬剤の半分以上がキナーゼを標的としている。キナーゼはアミノ酸のうち主にセリン、スレオニン、チロシン残基をリン酸化させるが、そのうち約90%がセリン、約10%がスレオニンであり、チロシンは0.05%程度に過ぎない。しかしチロシンのリン酸化が生物学的に重要なケースが多く、癌治療の標的となることが多い。標的となるチロシンキナーゼとしては、EGFR、HER2、VEGFR、IGF1R、FGFR、c-Kit、c-Metなどの受容体型チロシンキナーゼや、Src、JAK、Bcr-Ablなどの非受容体型チロシンキナーゼがあり、これらを標的とした薬剤が開発・臨床応用されている。また、セリン/スレオニンキナ−ゼとしてはPI3K、Akt、mTOR、CDK、PLK、MEK、Rafなどを標的とした治療薬が開発・臨床応用されている。キナーゼ以外の標的としては、HDAC阻害剤、脱メチル化剤などのエピジェネティクス関連やテロメラーゼ阻害剤、アポトーシス誘導剤、Hedgehog阻害剤、Notch阻害剤などが挙げられる。このように癌の標的分子は非常に多岐にわたる。癌細胞だけでなく癌組織を形成している血管内皮細胞、炎症細胞、線維芽細胞なども治療の標的となり得るため、今後も、研究の進歩に伴い新たな標的分子の候補が増えていくと考えられる。

目次へ 2.大腸癌に対する癌分子標的薬【2.1】
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