ケースカンファレンス〜トップオンコロジストはこう考える〜

監修中島 貴子 先生聖マリアンナ医科大学
臨床腫瘍学

日常診療で遭遇する症例を取りあげ、トップオンコロジストが治療方針を議論するケースカンファレンスをお届けします。

CASE2

2017年6月開催

肝多発転移・肺転移を有する
直腸癌に対する治療戦略

  • 設樂 紘平 先生設樂 紘平 先生
    国立がん研究センター
    東病院
    消化管内科
  • 沖 英次 先生沖 英次 先生
    九州大学大学院
    消化器・総合外科
  • 山ア 健太郎 先生山ア 健太郎 先生
    静岡県立
    静岡がんセンター
    消化器内科
  • 結城 敏志 先生結城 敏志 先生
    北海道大学大学院
    医学研究科内科学講座
    消化器内科学分野

ディスカッション 1 1st-lineの治療選択肢Discussion 1

同時多発肝転移・肺転移を有する直腸癌に対してどのような治療を行うのか?

設樂先生

設樂本症例は64歳の男性で、主訴は排便異常と血便です。原発巣は直腸で、肝と肺に転移がありましたが、全身状態は良好で、既往歴は高血圧でした。直腸診では肛門縁から5 cmの部位の2〜10時方向に腫瘍がありました。血液検査値は、腫瘍マーカーは高値ですが、臓器機能は保持されていると考えてよいと思います。下部消化管内視鏡検査で原発巣をみると、Raに1/2周性のType2病変が認められました。血便はありますが、便通は維持されており、内視鏡のファイバーもしっかりと通りました。CT所見では、Raに原発巣であるT3病変が指摘可能であり、肝転移は多発性(最大5 cm弱の病変が4つ:S3、S4、S4/8)で、肺右上葉に転移を疑われる結節が認められました。病理所見では中分化型の管状線癌で、遺伝子検査ではRAS野生型でした。この患者さんの治療方針ですが、最初から化学療法を行うのか、外科的介入を行うのか、外科的介入を行うとしたらどのタイミングなのか、などが論点になると思います。沖先生はいかがですか。

この症例は原発巣に関連する症状はあまり出てないのですよね。

設樂血便が少しある程度です。貧血も認めておりません。

それでしたら私は化学療法から開始します。

設樂テクニカルに手術不能でしょうか。それとも多発性であり予後等の観点からオンコロジカルに考えて切除が不適とのご判断でしょうか。

テクニカルには肝も肺も切除可能だと思いますが、この症例は複数臓器の多発転移で最初から切除を選択するのは不適切だと思います。

設樂ステージ4で原発巣も転移巣もテクニカルには切除可能だけれども、化学療法を先行させるのですね。

はい。この症例は直腸が原発巣ですから、将来の有症状を考えて切除を検討する先生もいると思いますが、私は化学療法を先行させます。

設樂実際にJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)では症状がないステージ4の大腸癌患者で、化学療法前に原発巣を切除するか化学療法を先行するかを比較検討するRCTを実施していますね。他の先生方はいかがでしょうか。

結城出血症状が強くなければ、私も化学療法先行でよいと思います。

山ア私も同じ意見です。

設樂先生方のご意見は化学療法先行で一致したようですね。それでは、化学療法レジメンは何を選択されますか。

結城将来的に手術を行うことも念頭に、抗EGFR抗体薬併用がよいと思います。

山ア私も同じ意見です。化学療法に抗EGFR抗体薬を併用します。

設樂化学療法はFOLFOXでしょうか。

山アCAPOXではなく、FOLFOXです。

この症例はRAS野生型で、原発巣は左側、男性でしょう。私はFOLFOX+抗EGFR抗体薬併用療法のよい適応になると思います。

設樂こうした症例では、FOLFOXと抗EGFR抗体薬の併用療法を選択することが多くなっているようですね。

肝転移例に対する周術期の化学療法に関するエビデンス

設樂切除術と化学療法のタイミングに関しては、EPOC試験で4個までの切除可能な肝転移を有する大腸癌患者を対象に、周術期にFOLFOXを施行することのベネフィットが検討され、PFSは適格例の解析において外科手術単独群に比べて化学療法併用群で延長することが示唆されたものの、その差はOSでは小さい傾向でした1)。しかし、肝転移に対する周術期の化学療法を検討したRCTのメタ解析では、周術期または術後化学療法による予後延長が示唆されています2)。その後に行われたNEW EPOC試験3)では、肝転移に対する周術期の化学療法として、mFOLFOX6にCetuximabを併用することのベネフィットが検討されたものの、PFSの有意な延長が認められず、むしろ予後が不良な傾向でした。一方で肝転移を含む切除不能例に対する1st-lineとしての抗EGFR抗体の予後延長は複数の臨床試験結果から確認されており(PRIME試験4)、CRYSTAL試験5))、また中国で行われた切除不能肝転移例に対する比較試験ではCetuximabに切除割合の向上や予後延長が示唆されており6)、周術期の抗EGFR抗体の上乗せについてはcontroversialな結果が得られていると思われます。実臨床では、切除不能もしくはborderlineである遠隔転移を有するRAS野生型の患者さんに対して予後の延長を期待するだけでなく、切除を念頭に腫瘍縮小を目指して、化学療法と抗EGFR抗体薬の併用が選択されることがあると思います。実際に本症例には、FOLFOX+Panitumumabが選択されました。

化学療法後の経過と切除の順番

設樂FOLFOX+Panitumumab療法を開始した結果、直腸の原発巣はほぼ消失し(図1)、肝転移巣は縮小傾向となり(図2)、肺転移巣も縮小しました(図3)。

山ア沖先生、肝臓の多発転移巣はどこを切除したらよいのか分からないくらい縮小していますね。

そうですね。腫瘍縮小を期待して抗EGFR抗体薬を併用した場合には、こうした症例をよく経験します。

設樂切除は肝切除を優先し、腹腔鏡下で肝左葉切除、右葉部分切除を行いました。その1ヵ月後に直腸の原発巣を切除し、さらに肺の転移巣の切除を行いました。この間、化学療法は行っていません。沖先生、切除の順番に関してご意見はありますか。

当院では、この症例でしたら肝切除を優先します。原発巣は後回しです。この症例の直腸病変の位置はRaです。切除した場合、一時的もしくは永久の人工肛門になってしまう可能性がないとは言えません。転移巣がすべて切除できて、その上で直腸病変を切除し、人工肛門となるのは受け入れてもらえるかもしれません。転移巣が残っている状態ではQOLを考えて、閉塞など症状がない限りは人工肛門となるのは避けたいと考えるからです。

設樂なるほど、よく分かりました。

山アFOLFOX+Panitumumab 療法を4サイクルではなく、8サイクル行ったのはなぜでしょうか。

そうですね。4サイクル終了後でも切除できたような気がします。

設樂実際には4サイクルが終了した段階で、腫瘍はかなり縮小していました。外科と相談の上で、さらなる縮小を期待することと奏効後の経過をフォローすることも考慮して4サイクルを追加することになったのです。

山アその気持ち、よく分かります。

設樂ほかにも、縮小しても短期間で増悪する症例もおられるため、そもそも切除の適応かどうかを見極めたいという気持ちもありました。

同感です。

山ア肝予備能が低下したわけではありませんよね。

設樂肝予備能には問題はありませんでした。切除できるならば早期に切除したほうがよいという考えもあると思います。山ア先生のご施設では、切除の順番やタイミングについて方針は決められていますか。

山ア明確には決まっておらず、カンファレンスで症例ごとにディスカッションして決めています。この症例の場合は原発巣がこれだけコントロールできているわけですから、肝病変の切除を先行させると思います。

私も同じ意見です。肝転移巣は左葉に3つですから、腫瘍が著しく縮小して、どこが腫瘍なのかがわからなくなっても、左葉全体を切除すればよいという判断が働いたのかも知れません。

設樂実は、まさにそうしたディスカッションがあり、その上で4サイクルの追加を決めたのです。本症例では3回の切除を行う間、化学療法を行いませんでしたが、行うというご施設はありますか。腫瘍サイズと経過にもよるでしょうが。

それは3回の切除が終了するまでにかかる期間によります。この症例では化学療法後、どのようなタイミングで切除術を行っていったのでしょうか。

設樂肝切除が7月、直腸切除が8月、肺切除が11月でした。肺切除までに時間がかかったのは、病変が増えるようなら切除は見送るという判断からです。

新たな病変が出現するかどうかをウォッチしたのであれば化学療法は行わなくてもよいと思います。

設樂あくまでも外科と相談の上でですが、当院では肝病変よりも肺病変のほうがウォッチすることが多い印象があります。

山ア肝と肺に転移巣があったときに、呼吸器外科と肝臓外科でどちらが切除に積極的ですか。当院では肝臓外科は積極派ですが、呼吸器外科は慎重派です。

設樂当院でも呼吸器外科のほうが慎重かもしれません。

山ア大腸癌の肺転移は進行が緩徐なことも影響しているのでしょうか。

設樂肺は切除後も症状が残りやすいことも影響しているように思います。沖先生、いかがでしょうか。

肺病変は動静脈への浸潤があったりすると、転移を無理して切除することは少ないと思います。肝臓だったら門脈を再建してでも切除することがありますが、肺はそこまでして転移巣を切除することはあまり行いません。その背景には、オンコロジカルに考えて肺転移のほうが、病態が悪い、だから無理して切除しない、という考え方があると思います。

山ア肺転移が予後規定因子とならないと考えられる場合、肝転移が切除可能であれば積極的に肝転移の切除を行っていた、という施設の報告もありますね7)

この症例でも最後に切除したのは肺病変ですから、治療の方向性としては、肺は後回しという考え方には納得できる部分もあります。

結城当院でも同様の状況で肝臓外科医は積極的に切除を試みますが、呼吸器外科医はコンサルト後、一定期間、経過観察してから切除へ移行しています。

切除前に肺病変が進行した場合の対応

結城先生

結城切除を念頭に肺転移を経過観察しているうちに悪化して内科に戻ってきてしまった患者さんを経験していませんか。

設樂経験はあります。早いタイミングで切除しておけばよかったのかもしれませんが、一方で切除したとしても早期に新規病変が出現した可能性もあり、無駄な切除を回避できたとの考え方も可能かもしれません。

その場合、化学療法はどうされますか。肝転移巣も原発巣も切除後で肺病変だけが残っている状態です。

設樂化学療法を終了してからの期間によります。中止後から増悪までに3ヵ月以上経過しているのであれば、同じ化学療法を行うことが多いかもしれません。

肺病変アブレーションの可能性

山アところで先生方、肺病変のアブレーションを行いますか。いま適応になる8,9)のではないかと思われる患者さんがいて対応に悩んでいるのですが。

沖先生

他病院に依頼したことはありますが、当院では行いません。

設樂当院でもアブレーションは行っていません。数例紹介したことがあります。

山ア適応となる症例がいた場合、今後は検討する必要があるのではないかと思っています。

設樂切除できるのであれば切除しますし、切除できない状態であればアブレーションでも対応は難しいように思います。アブレーション後は瘢痕のようになって腫瘍消失の判定が難しいことも課題です。

後から思ったより広い範囲で肺炎様の症状が生じることはありませんか。

設樂はい。そのような画像所見が残存する患者さんもおられました。ただし、当院で行っているわけではないため、そのような事象の正確な頻度はわかりません。

山アベネフィットだけでなく課題もあるようですね。参考になりました。

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